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 闇夜に筋んだ地平を進むうち、やがて、行く果ての先に、小さな煌きが見えた。

 本当にあるのかいのか、ともすれば錯覚にも思える光だった。

 清志郎はハンドルを握り、アクセルを調節する。スピードは一定に保った。

「トリナシの光か」

 清志郎はわざとらしく演出的な口調でそれをつぶやいた。

 助手席でビニール紐を後ろ手にされ、拘束状態にあった森川は無言のままだった。整った外貌のせいか、口を閉ざしているだけでも充分に絵として保ててしまう。

「小癪な」

 とりあえず、清志郎は心の声を現実の声にしておいた。自我を保つための作業だった。

 ふと、助手席の森川が溜息をついた。  

「お前が入れ込んでる、あの子供だがな」

 続けて口を開く。

「あの人の血の繋がった実の娘だ」

 耳にした途端、清志郎は顔を大きく動かして森川の方を向いた。

 直後、森川は頭から運転席側へ飛び込む。両手を後ろで拘束されているため、びっくり箱から飛び出したような動きだった。森川の身体は清志郎とハンドルの間に差し込まれた。その衝撃で清志郎はハンドルから両手が剥がれた。

 一瞬、ハンドル制御を欠いた車体は急な斜面を数メートルを登った。先は浅い崖だった。適度なスピードに乗ったセダンは崖の先端からジャンプして、およそ、二秒ほど虚空を進んで地面へ着地した。その衝撃は車内にも大きく反映され、ふたりは身体を車内に至る箇所を細々とぶつけた。その最中で清志郎はブレーキを踏んだ。

 セダンは闇夜に目の荒い土埃を混ぜつつスライドした後、停車した。

 衝撃のゆれ戻しで、ふたりの身体は運転席、助手席へ収まっていた。

 エンジンはかかりっぱなしままだった。

 程なくして、清志郎はサイドブレーキを引いた。

 その後。

「熱いぜベイビー」

 淡々とした口調でそう言い放った。

 それから、何事もなかったように、解除べく再びサイドブレーキへ手をかける。

 とたん、フロントガラスに何かボールがぶつかり破裂して広がった。水分質で前方に視界の半分以上が覆われる。清志郎は取り乱さず、ドアガラスへ視線を移した。そこにふたりの人間が立っていた。

 四季と、店に一緒にいた店員の青年だった。ふたりともコンビニの制服のままだった。

 両者は密着して立っている。四季は青年を自信へ引寄せつつ、その喉元にボールペンの先を当てていた。

 人質らしい。

 清志郎は目に映る絵から読み取ったものの、その人質になっている青年の表情にある恥じらいと戸惑いと具合いから、確実に人質はあくまでも役であり、ごっこ、であるともが認識できた。

 清志郎はしばらく動向を見守っていたが、とりあえず、ワイパーを起動させ、窓の汚れを拭いてみた。すると、四季は人質を抱えて近寄り、靴の先でセダンの横腹を二回こづいた。そして、でろ、と言葉は発さず口だけを大きく動かしてみせた。清志郎は顔は窓へ向けたまま森川へ「お前の妹、いま、お前の車を蹴ったぞ」淡々とした報告しておいた。

 森川は不動だった。ただ、背もたれへ存分に身を預けていた。落ち着ているというより、まるで自分とは無関係であることのような構えだった。

 ワイパーを止め、清志郎はドアを開けて大地へ片足ずつ落とし、立った。

 四季は人質をきわめて柔らかくひっぱり、間合いを測って後退した。

「人質交換」

 四季は四文字熟語のみで伝えた。

 四季には確実に目論見がありそうだった。清志郎が素直に、応じたところで、純粋に人質が交換されるとは到底思えなかった。とうぜん、仕掛けてきた四季もまた相手が純粋に信じて応じるとも思ってはいなさそうだった。とにかく、ここにいる人間たちは、これをすべてわかっていてやっている、わかっていたやっていなければ、よもや心の重傷だった。

 清志郎はひとときの間をあけたうえで顔を横へ向けた。

 少し離れた場所に、原付バイクが停車してある。

 随分古い年式だが、外観的には丹念に手入れをされている気配はあった。

 程なくして清志郎は原付バイクを指さした。

「あれと交換にしよう」

 あらためて顔を向けて言う。

 すると、四季は人質とふたりして、原付バイクへ視線を向けた。

 そこへ清志郎はいう。

「車がダメになった」

 青年は視線を車へ移す。フロントガラスには、ぺったりとインクが張り付いて、前がみえそうもない。

 すると、清志郎は続けた。

「いま、あのバイクが、ここで一番価値がある。なにより遥かに」

 耳にしたとたん、四季は眉間にしわを寄せいたが、ふと「せんきゅー」と言って、青年のうなじにそっと口づけをした。それからボールペンの先を青年の喉元から外して、拘束を全面的に解いた。

 青年は奇抜な箇所の口づけの刺激が強すぎたのか、放心状態になっていた。

 その間、四季はポケットから鍵を取出りだすと清志郎へ向かって投げた。鍵は程好い空中軌道を進み、清志郎は胸あたりに来たところを逆手で掴んだ。

 鍵には樹脂に覆われた小さなアンモナイトの化石のキーホルダーがついていた。

「ダメにんげんが」

 前後の流れに関係なく、好きにぶべつした。

 言われても清志郎は微塵も不快さを示さなかった。代わりに、青年へ近づき、制服のポケットへカードめいたものを入れた。青年が緊張して見返しても、説明はしなかった。それから原付バイクへ歩み寄った。落ち着いた様子で原付バイクにまたがり、乗り心地具合を確かめ、手慣れた様子で鍵を差し込んだ。

「ぜったい壊さないでよ」

 注意され、清志郎は顔を向けた。

「そのバイク、むかしここに沈んでたのを直したやつなの」

 言われて清志郎はしばらく四季へ顔をむけ「ああ、壊さないよ」と回答し、原付バイクへ向き直うると、鍵をひねった。

「無事に返す」

 あたらめて顔を向けて告げる。それから鍵についていたアンモナイトの化石のキーホルダーを指ですくいあげ「これも、この海でみつけたのか」そう訊ねた。

「それは水族館で買った」

「おれも水族館は好きだ」

 顔は進行方向へ投げ、すかさずそう返し、清志郎はライトをつけないまま原付バイクで走り出した。

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