第四章 空き箱の中身たち

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 夕陽は終盤になりかけている。空は既に夜の方がつよくある。

 土の上に、銀色の正方形のプレートが埋め込まれていた。

 男はそのプレートの前に立っていた。黒いスーツを纏い、ネクタイを絞め、髪は黒が白に混じり銀色だった。

 足元にあるプレートは四十センチ四方の金属性で、銀色の表面は夜の征されつつあり、弱まった黄昏のひかりをわずかに反射していた。まったいらで装飾もなく、高さはほどんどない。ただ、どこまでも人工物という存在感だけがある。

 プレートは無数にある。同型の銀色は、見渡す大地に均等に並んで埋め込まていた。もはや目視では数えきれない数だった。どのプレートも、夕陽を反射して、似たように小さく煌いていた。数が多いため、小さな光は群れとなっている。

 男の足元のプレートは真新しい。その周辺のプレートも、真新しかった。だが、離れた場所にあるもは、長い間、雨風を受けた痕跡がある。プレートを埋めた周囲の土も色も違った、男の足元は掘り起こして埋め立てたばかりの色だった。掘られた土の高さや表面のなめからかさもまた、周囲と均衡が保たれており、丁寧に作業されたことがわかる。

 男はその景色に、然としてある物音言語なき虚無を見つめていた。色素の薄い眼には憂いがあり、夕陽の色に混じって奥底に沈むも、存在感があった。もはや如何なることをまえにしても感情を乱すことはなく、血の一滴までも渇き切り、もはや不死身者であるような印象を抱かせる。この男は死なない、殺すこともできない。目にした者を理窟なくそう思わせるものがある。

「夏村」

 ふと、男は斜め後ろに立っていた者へ呼びかける。

 呼ばれた男は口にタバコをくわえていた。

「はい」

 返事をし、口先で煙を漂わせながら返事をした。

 蓬髪の男だった。二十歳前後で顔立ちを中心として、立ち姿に野性味がある。いくらスーツで身を包み、ネクタイをしめ、現代人を装っても、その天性の気配を完全に封じ込めるには不足していた。

「消すぞ」

 告げると男は自身の上着に右手を入れ、安全装置解除済みの拳銃を取り出すと、三メートルほど先の地面を二度続けて撃った

 銃弾を受けた周辺の地面が大きき跳ねた。そして、二つの銃声が終わると、今度は地面がわずかに悶え、くぐもった声が聞こえた。

 だが、それも間もなく止んだ。

 撃った男は、硝煙の揺れる拳銃をぶら下げたまま、その場に立っていた。やがて夏村と呼ばれた男が、タバコを燻らせながら銃弾を打ち込んだ地面へ歩みより、靴先を左右に動かして土を払った。何度か往復しているうちに地面の中から銃口の先が姿を現わす。

 そのまま周辺の地面も足で払い続けた。やがて、土と同じ色のシートが見えはじめると、しゃがんでシートを剥がした。そこには細く浅い穴があり、撃たれて動かなくなった男が身体が収まっていた。

「またスゲェところで待ち伏せする」

 夏村は立ち上がり、手についた土を払いながらいった。

「俺ならこれは断ります」

 皮肉を言って男の方を見た。

 銃はまだ持ったままだった。

「夏村」

「はい」

 顔を見ずに返事をした。

「続きに弔っておけ」

 指示を出し、拳銃をしまって背を向けた。それから十数メートル先に停車してあったセダンへ向かって歩き出す。

 夏村は遠ざかるその背中をじっと見つめていたが、ふと、地面へ視線を戻した。土の合間から出ていた指が、ほんの少し動いていた。すると夏村は腰からナイフを取出し、振り上げ、素早く地面へ向かって投げ落とした。ナイフの刃が突き刺さると、地面から、かすかなうめき声が鳴り震えた。夏村は地面へ着き立ったナイフの柄を片足でふみつける。ナイフの刃を根本までゆっくりと押し込んでいった。その間、地面からは静かな声が聞こえ続けていたが、刃のすべては沈みこむ頃には何も聞こえなくなった。

 夏村はそれからも数秒ほど見下ろしていたが、タバコを指にとって火のついたままその場に捨てると、ナイフをひき抜いて回収した。

 そして、抜身のナイフを手にしたまま自身もセダンへ向かって歩き始めた。

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