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 森川は拳銃を構えず、右手に添えて店内に入った。

 静かな店内には誰の姿もない。数歩進むと、自動ドアが閉まった。

 入り口付近に立ち止まり、視線を静かに巡らせる。

 動くものはなにもない。

 ひとときそこにとどまり、やがて森川は上着の外ポケットへ手を入れた。そのまま後退し、自動ドアが開いたところで、ポケットから手を抜いた。手榴弾を取り出し、持ち手でレバーを抑えながら、銃を持った手の余った指でピンを抜いて、床に転がした。

 手榴弾はレジのまえへと転がってゆく。

 直後、店内で音だけが爆ぜた。

 森川の聴覚を襲う。

 店内のスピーカーから莫大な音楽が放たれた。森川は手で耳を塞ぎ、顔をしかめる。

 怯んだ。

 瞬間、清志郎は店のレジの下から飛び出し姿を現すと、床に転がされた手榴弾を鋭く蹴った。おそろしくバランスの良いシュートにより、手榴弾は斜め上へ向かい直線に飛ん。不意打ちの大音量に動き止めた森川の顔、真横を通り過ぎ、外へと飛んでゆく。

 姿を現した清志郎に対し、森川はまだ聴覚の襲撃からは立て直せずにいた。態勢は不完全な軸のままだったが、それでも銃口を向けた。

 だが、銃口の延長線上に清志郎はいない。自動ドアの傍にある、イートインスペースへと移動していた。清志郎はそこに置いていた珈琲入りのカップを手にとり、森川の顔に向かい振りかけた。

 目を狙った。

 咄嗟の反応で、森川は手で顔を覆い、視界を奪われることだけは回避した。

 清志郎はかまわず、顔の防御に使っていた森川の手の上へ拳を叩きつける。丸太の激突を食らったにも似た衝撃に耐えきれず、森川は身体ごと後ろへ吹き飛んだ。

 直後、外へ飛ばした手榴弾が遠慮なく爆ぜてた。好き勝手に生産された爆風で、外に面していた店のガラスが一斉にひび割れた。爆風は開きっぱなしだったドアから店内へと秒速で流れ込み、爆破の振動も重なり、店内の棚のいくつかは倒れ、並べられた商品が雨のように床にこぼれ落ちた。

 爆音は床に倒れた森川の聴覚を再び襲った。耳鳴りのレベルではなかった。銃こそ手から離さなかったが、立ち上がろうとしても身体はふらはついた。

 そこへ清志郎が仕掛けるにゆく。

 反応して森川は銃口を向け、引き金をしぼった。

 しかし、清志郎が線をとっていた。手の平で森川の心臓部を鋭く押した。直後、銃弾は放たれた。だが、森川の身体の受けた衝撃は強く、狙いは大きく狂い、ガラスを撃ち抜いた。すると清志郎は次に、よろめき半身ほど後退した森川を素早く両手で掴み、勢い任せに持ち上げる。

 担いで走った。

 数メートルを直進し、飲料水の棚のガラス戸へ背中から叩きつける。

 清志郎はそこで動きを止めない。今度は身をひねって、森川を床に転がすように投げた。

 森川は背中から床に転がった。だが、即座に手をついて立ち上がろうとする。銃は手から離していなかった。だが、ふらつき、真っ直ぐには立てなかった。

 そこへ清志郎は間合いをつめて、固めた右の拳を心臓部へ叩き込んだ。

 森川は背中から倒れた。手から銃が離れ、床に跳ねずに落ちた。そして、床に仰向けに倒れたまま動かなくなった。

 清志郎は傍に立って見下ろす。

 森川の両目はあいていた。天井を凝視していた。頬には昨夜に負った傷がまだ生々しく残り、ス―ツは粉塵にまみれていた。

 息が切れているのは清志郎だけだった。胸は何度も大きく上下し、顔には濃い疲労感が現れ、目の生気は衰えている。

 呼吸を整えながら清志郎が告げた。

「お前に自首する」

 それから一呼吸の後。

「森川」

 清志郎はその名を呼んだ。

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