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バスは終点に到着し、停まった。
文彦は窓から額を外し、背骨を持ち上げて席を立ち、降車した。学校からそのままやってきたのは学生服だった。
公式には《空き箱》のここまでは電気、ガス、水道が通っているらしい。電柱がないのは、すべて地下に埋まっているからだという話だった。電柱、その他に目にものが存在しないことも、その店が纏う、砂漠の独立国的な雰囲気を促進していた。それだけで自立した文明にもみえる。
見る度、印象が変わる、手品の気配もある。世界で最後に残ったコンビニにも見えるし、世界最初のコンビニにも見える。とにかく印象の的が定まらない。
ただ、ひきょうなルックでもあった。そして、どうしても、また、ここに来て肉眼で見てみたくなる。文彦は、自身に内臓されてしまったその癖に、放課後を消費されていた。だが、後悔はなかった。
店の入り口へ向かう。バスは終点のここで折り返す。すぐに来た道を戻るときもあるが、時間に余裕があるときは、コンビニの駐車場に停車して、運転手が休憩していることもあった。今日は休憩するらしく、バスがコンビニの広大な駐車スペースに停車しようとしていた。運転手が気兼ねしているのか、店から少し離れた場所へ停めていた。
他に車は停まっていない、がら空きだった。入り口に近づき、ガラス越しに店内が見えてきても、客の姿は確認できなかった。
店が忙しい日もある。時折、ここから、まだ道もない先の地へとトラックがたて続けに資材を運んでゆくことがよくある。その際、多くはここへ寄る。ときどき、ラッシュのようにその波が来て、都心の真ん中にある店舗なみの忙しさにもなった。だが、それが過ぎれば、店は真逆の静けさのなかに沈んだ。
時々、自身のように物見遊山でこの場所へ訪れる者もいる。バイクで来る場合が多く、車やバスでやってきて、写真を撮り、店で何かを買って引き返してゆく。買うのは、どこでも買えるような物だった。
店に近づく最中、自動ドアが開いた。入出のチャイムが鳴った。
中から出てきたのは店員の服を着た二十歳ぐらいの女性だった。
無理なく青く澄んだような美しさだった。性別を問わず、一見した者の心を無差別的にとらえてしまいかねない容貌だった。顔の輪郭を包むように伸ばされた髪は質は瑞々しく、わずかな光のもで、それ以上に輝いている。
その手にはナイロン制のほうきが携えてあった。
「あれ」
出てきた女性を見て、文彦は立ち止まった。
「森川さん、今日シフト入ってましたっけ」
「トレードした」
抑揚のない声で答える。
きっと誰かとバイトの日を交換したという意味だろう。そうとらえている間に、女性は文彦の横を通り過ぎた。
「掃除ですか」
「ちょっと休憩」
背中で宣言して、ポケットから煙草を取出す。タバコを薄い唇に咥えると、同じポケットからライターも取り出し、火をつけ、ひとくち吸った。それから白い指先にタバコをすくいとり、ゆっくりと煙を外気にとかしていった。
そのささやかな仕草も、際立った容貌からのせいか、まるで映画でも観ているような印象を受けてしまう。
文彦は彼女を見ることに慣れているため、もう見惚れて動かなくなるようなことはあまりなかった。
だが、油断すると、つい、じっと見てしまう。
そして、今日は油断して凝視してしまっていた。
「四季って呼んでいいから」
ふと、そう告げられ、我に返る。
そっと自然を外し、四季がいつも制服の胸ポケットにさしている銀色のボールペンへ視線を移した。それは陽にあたって、小さく光を散らしていた。
「森川じゃなくて、みんなみたいに四季って呼んでいい」
「あー、いや…………」
森川四季。
彼女は二年まえ、店が開店した当初からいるスタッフだった。
働く店員はすべらかく制服の上から名札をつけており、そこには苗字がプリントされていた。だが、彼女だけは、シキ、と下の名前をカタカナで書かれていた。店員の名簿上では森川四季と書かれいる。
店の誰も彼女を四季、と呼んでいた。それでも文彦はつい相手が目上だという意識が働き、苗字で呼んでしまう。
「…………はい」
うなずいたものの、果たして下の名前で呼ぶなどできるだろうか。自信なさげに返事をすると、四季が二つめの煙を吐き終えた。それから「客はゼロ」と背中を見せたまま教えて来た。
「あの」
声をかけると、四季は半面を向けた。
「なんでホウキを持ってるんですか」
「それはね、仕事中にタバコ吸ってるじゃなくて、タバコを吸って仕事をしてるように見せるため」
そう言ってのけ、三口目ののタバコを吸う。
「すなわち、このホウキはわたしの弁護士みたいなもん」
「……………」
言われたの意味が、よくわからなかったため、文彦はとりあえず、会釈をして、店の中へ入った。
店の奥で制服に着替える。といっても、鞄を置き、上着を一枚羽織るだけだった。店員用のハンドソープで丹念に手を洗い、鏡で見た目も確認して店内へ乗り出す。
客はひとりもいなかった。そして取り立てて、いますぐ行なうべき作業もない。
目を向けると、ガラスの向こうに箒を片手にタバコを吸っている四季の後ろ姿があった。じろじろ見ては、失礼にあたる、そう思い、視線を外して、勤務時間の関係上、顔を合わせることのない店員同士の連絡をはかるため用意された、報連相ノートを開いて目を通す。
それを読んでいる間、休憩を終えたバスが店を通過し、道を引き返していった。一瞥して、ノートに視線を戻す。
前の出勤日から二日あいていたが、とくに指示された作業や、重要な連絡は記されていなかった。
そのとき、ふと、視界の端が、何か動きをとらえた。
目を向けると、店の外で四季が、誰かと対峙している。
文彦は怯んだ。
相手は男だった。しかも、忽然とそこに現れたような印象を受けた。二十歳くらいで、オレンジ色の上着を着ている。目は鋭かった。
四季はタバコを咥え、箒を逆さにして、門番の杖ように持って男と対峙していた。
やがて、四季はタバコを携帯は灰皿に押し込むと、店のなか戻ってきた。
続けて男も入って来る。
四季は自動ドアを開け放ったまま止まった。そして、持っていたほうきの先で隣に立ったその男を指し示す。
「このひとさ」
なんだろうと、文彦は注目する。
そして四季はいった。
「強盗だってさ」
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