第2章 落第女神の憂鬱 2

 女神ダフネは神界の、アクロポリスと呼ばれる中心の丘で今日も働いていらっしゃるという。

 ボクはミヘアに連れられ、眠い目をこすりながら女子寮から外に出ることになった。

 服装はミヘアが無理やり着させた女神専用の勤務服。一見ラフそうに見えるけど、着心地はとてもいい。でも、人に着せてもらった分、少し不格好さが残る結果になってしまった。

「ああ、もう眠くなってきちゃったよ。もう家に帰りたい気分」

「全くもう、ワタクシに服まで着せてもらって、よくそのようにしていられますわね。あとその服、せめて細かい部分は自分で直しなさいよ」

「嫌。めんど臭いし」

「全く、この子ったら……」ミヘアはまた大きなため息をついた。

 しかし、ミヘアはすぐさま開き直ったかのように、

「でもこれも、女神になるための試練。必ずや卒業までに、このペトラを更生させてご覧に入れますわ!」

「いや、赤点とっている以上、その卒業すら危ういところなんだけどね」

 どうやらボクの面倒を見ることは、一人前の女神の試練だと本気で考えているようだ。そのせいでもはや一種の口癖にまでなっている。ボクの目の前でそれを堂々と口にするあたり、うっとおしいことこの上ないが。

 でもボクの静かなツッコミを受けて、ミヘアは再度、大きなため息をついた。そのせいか、顔は幸せが抜けきったような表情をしていた。こんな疲労困憊の女神、誰から見ても見苦しいだろ、と言いたかったが、やめておいた。

「おっはよー!」

 代わりに誰かが、ミヘアの背中に抱きついてきた。突然のことにミヘアは「ヒャン!」と小型犬のような鳴き声を発した。

 ミヘアに顔を並べてきたのは、コトナであった。朗らかな顔立ちの彼女は天女見習い。短い茶髪の上に、輪っか状に二つ結った髪が載っている。上は袖と重ねた襟がついた着物、下は長めの裳(スカート)を着こなし、肩に薄い羽衣をかけていることからも一目瞭然だった。おしとやかな人物が多い天女の中では珍しく快活なヤツだ。まあ、ミヘアほどではないけど、それが時々うざかったりする。

「ふふっ、『ヒャン!』なんて。ミヘアもそんなかわいい声出すんだねー」

「ば、バカにしないでくださいまし! 後ろから不意打ちされてしまっては、誰だってそのような声を出すのに決まっておりましょう!」

 コトナはそのまま抱きついた姿勢で、袖から出した人差し指で、そのままミヘアのほっぺをつつく。

「相変わらずキミってヤツは元気だな……」

「お、ついでにペトラも、おっは」

「ついでにって……」

「ウソウソ。にしてもどした? 普段からそんなドンヨリモアモアだっけ?」

 ドンヨリモアモア? ……とりあえず、落ち込んでいるって意味でいいんだろうか? コトナは時々意味不明な感情表現の言葉を用いてくる。

「今日はとりわけだよ。キミの顔を見たらなおさらね」

「へー」

 そんなボクの不満を、いとも簡単にスルーしたコトナ。なんだよそれ、と言い返そうと慕う矢先、向こうから走ってくる天女に目がいってしまった。

 青い着物のコトナに対して、桃色の彼女は後ろで結んだ黒い長髪をはためかしながら向かってくる。コトナのように髪を結っているにもかかわらず、これだけ髪が長い天女も珍しいだろう。髪の両脇には、可愛らしい花の髪飾りが耳の周りを彩っていた。

「コ、コトちゃん! 待ってくださいよう!」

 天女のハルノは息を切らしながらもボクたちに追いついた。コトナと同じ天女見習いでも、彼女とは正反対のおとなしいヤツだ。いや、度を過ぎておとなしいのは顔にはっきりと出ているくらい。天女は美人が多いが、ハルノはコトナよりも一層であると思う。

 ハルノはしばらくミヘアがコトナに絡みつく様子を見た後、ようやく口を開いた。

「おはようございます。ミヘアちゃん、ペトラちゃん。その……コトちゃんは元気ですね」

「ハルノさん! 見てないで助けて欲しいですの!」

 あまりにもコトナがうざかったのか、イライラマックスでミヘアは叫んだ。

 そのボリュームはいつの間にか居た神界大通りの、雲の道で遊ぶ白鳩が驚いて飛び立つほどであった。

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