第2章 落第女神の憂鬱 1
最近、ボクは神界においてとんでもない人間の話を耳にする。
すでに10以上の地上世界に赴き、短期間のうちに魔の手からそれらを解放し、世界を救った「勇者」というものを。
人間でもすごい奴なんているんだな。人間にも劣等感を抱いてしまうなんて、もしかしてボクは見習い女神として失格なのかもしれない。
本物の女神として、「私はこの世界を司る女神、ペトラです」なーんて神々しいことを言ってみたい。そのように意識が高く(?)ても、実力が追いついてこない。
全く、ボクはここ神界の一員なんだぞ。そんな悩みを抱えている神(一応)なんて、今までボク以外で一度も見たことがない。
神界の隅っこにある、女神学校の寮の自室。ボクはこの場所で、そのようなことを考えながら、今日もベッドで寝そべっていた。ボクは義務化されている女神の修行なんかより、こうやってぐうたらしている方が数倍も好きだった。
「ペトラ、いらっしゃいますの?」
部屋のドアから聞き慣れた声がした。ボクが返事をする前に開けて入ってきたのは、隣の部屋のミヘア。整然とした赤くて短い髪に、ボクより数倍しっかりしている眼つき。耳の紫水晶のイヤリングをした彼女のお嬢様口調は、ボクと同じ女神見習いとしては少し聞き苦しさを覚えてしまう。同期でクラスも同じだけど、本当に同じクラスかって思うくらい何もかも優秀なヤツだった。
肌着も崩れて、自慢の長い金髪もボサボサになっているボクの惨状を見て、ミヘアは大きくため息をついた。
「またまたこのようなだらしない格好で寝て。いい加減起きてくださいまし」
「もうミヘア、部屋に入るときは返事してから入れって言ったじゃん」
「またこの間のように居留守を使われたら面倒ですの! なぜそこまでにあなたは怠惰なのですの?」
ミヘアの言葉に若干苛立ちも交わってきた。でもそれはいつも通りのミヘア。女神としての自覚がありすぎるあまり、クラスメイトであるはずのボクに対してきちんと正そうとしてくる。でもそれを守らなかったからどうってことはないので、ボクはそっぽを向けた。
「うるさいなあ、いつもいつも。ボクが起きようが起きまいがキミには関係ないだろう?」
「そんなことはありませんの! この間の試験で、全学年中あなただけが赤点とったせいで私たちのクラスが『落ちこぼれクラス』という汚名を着せられたんですのよ! クラス長である私はなおさら!」
「……知ったことかよ……」
ボクは耳を塞ぎ、体を丸めようとした。大抵こうしていれば、次第にミヘアもなすすべがなくなってとやかく言わなくなる。全く、親みたいなお節介焼きのところが、ヤツの悪いところなんだよなあ。全く今日は学校もないのになんできたんだろうか。
「あ、待って。それよりも大事なことをあなたに伝えにきましたの」
耳を完全に塞ぎきる前に、ミヘアは思い出したかのように小言をやめた。
「なに? 重要なことって」
「ダフネ様があなたをお呼びですの」
女神ダフネとは現役で働く女神であり、今では数々の世界を司っているくらいの超ベテランだ。そして、ここ女神学園の校長も務めている方だ。普段なら一学生の、しかもボクみたいな落ちこぼれにとっては遥か遠くの存在。話しかけるのもはばかれるくらいの。ボクも実際、入学式で話す彼女を遠目でしか見たことがない。
「どうしてボクなんかを? 本当、それ?」
「ワタクシが嘘を仰ったことがあるとでも?」
「とにかく、行きたくない。どうせ赤点のことなんだろう?」
「ええ、赤点のことですわ」
「ほらやっぱり! 学年でボクだけ赤点だから、絶対何かされるじゃん!」
ボクは再びうずくまった。先日の試験で赤点とってしまっただけなのに、なんでこんな目にあうんだ。まあ、その試験というものは進級が決まる大事なものだったりするんだけど。
しかしミヘアは、微笑んだ。満を辞したかのように、胸を張りながら言った。
「それが……、赤点を取り返す方法があるらしいですの」
「え?」
ミヘアから出た驚きの言葉に、思わずボクは飛び起きてしまった。ボクはすかさず、あたかも自分の功績みたいに振る舞うミヘアの肩をわしづかみした。
「本当!? 本当か!? ボクの赤点、取り消してくれるの!? どうやって!?」
「ううう、落ち着いてくださいまし!」
揺らされてうまく話せないミヘアに気づき、ボクは肩を離した。ミヘアは服を直しつつ、苦い顔をしながら続けた。
「私にもわかりませんわ。とにかくペトラ、あなたが直接行って、話を伺いませんと」
早速女神ダフネのいらっしゃる女神の神殿に行って、赤点が回避できる方法を知りたい。でも、ボクはまだ眠気が完全に治った訳ではな勝ったので、すぐさま面倒くささが勝ってしまった。
ボクは再びベッドに入る。ミヘアは予想に反したのか、首を傾げた。
「じゃあ、ミヘアが聞いてきて。ボクまだ眠いんだよね。ダフネ様に会う気力もないから、寝る」
ようやく状況を理解したミヘア。
「ちょっと、お待ちなさーい!」
怒りに任せたミヘアがボクに飛びかかってきた。こうしてボクたちはしばらく、ベッドの上で揉み合うことになった。それからすぐに、ボクは観念して外出の準備を始めた。
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