七日目

「はいはい、うん、そうね」


まるで死刑を言い渡される前の囚人のように、顧問の前に突っ立っている私の額から冷や汗が垂れた。床には既に数滴の汗が点々とつづいている。


「これはなに?海?」

「あ…はい…えと、う、海です」


顧問はもう一度30号サイズのキャンバスを見つめ直す。

海はネイビーブルー、波は真っ白な部分が波しぶき、そして空には月が昇っている。夜の海だ。夜ならば暗闇で何も見えないと思うだろうが、月明かりが強い夜は海の色ですら鮮明に映す。その繊細で流麗な海を描いたつもりだった。それなりに、がんばったつもりだった。


「うんなるほど」


冷や汗が、もう一滴、


「綺麗なものをただ写すっていうのは美術じゃないし、構図も面白くない」



「これは没ね」








カーテンの隙間から差し込む朝日を睨む。なんて目覚めの悪い朝だ。

鬱屈と起き上がると寝巻きが汗で湿っていることに気づいた。なんだか髪も汗でぺっとりしている。


「…シャワー浴びよ」


起き上がりたく無かったが、このままベッドの上にいたらシーツに染み付いた汗と同じく、自分も溶けだしてシーツに滲んでなくなってしまうのではないかと怖くなってしまった。


明日はいよいよあおぞら展。国立の美術館の一室を借りて、うちの美術部の絵を展示させてもらえる機会だ。今日はそのための準備に取り掛かる大事な日。飾る絵をトラックに詰め込み、搬入しなければならない。

正直、これ以上ないほど億劫だ。先の夢で見た通り、今回私が展示する絵は顧問から酷い批判を受けた。なにしろ「没」とまで言わせてしまった作品だ。そんな粗末なものを国立の美術館に展示するのは、顧問としても自分の受け持つ美術部に対してのプライドが許さないのだろう。だが今まで私が描いた中で唯一見れるものなのだから、それを出すを得ないことになったのだ。こちらとしても、非常に申し訳ない。この歴史ある美術部の品格が、私一人のせいで格段と下がるのだから。


仕方なく起き上がると、ぺたぺたと裸足で廊下を歩く。脱衣所に入ると、洗面所の鏡にふと自分の顔が映った。


「うわ…顔色悪いな…」


夜遅くまで起きていた訳でもないのにクマが目の下に酷くこびりついていた。しばらく鏡の前で意味もなく目を揉んでいたが、汗が冷えてだんだん寒くなってきたので熱いシャワーを浴びようと服を脱いだ。シャワーから出る時には、身体がすっきりしてだいぶ気持ちも楽になった。やはり熱いシャワーは否が応でも冷たい心を温めてくれる。お湯にここまで感謝している高校生は、多分私くらいのものなのだろう等と、甚だ可笑しな事を考えた。


髪を乾かし自室に戻ると制服に着替えた。が、そこでまた憂鬱な気分が温められた心の底から這い上がってきてしまった。ただでさえ面倒くさい学校、それが終わっても搬入作業に明日、あおぞら展まであることにこんな早朝から絶望してしまったのだ。ああ、大変だ、嫌だな、行きたくない。


いやだな。


コン、コン

ノックする音、扉の向こうから父親の声が聞こえてきた。


「おはよう、パン焼いといたよ」


思考が凝り固まって脳が爆発しそうになってしまったその矢先、父親の声で我に返ることが出来た。


「あ…うん、ありがとう」

「? 大丈夫か、元気ないように聞こえるけど」


声色だけで私の調子を察してくれる父親に、少しだけ目元が潤んだがブンブンと顔を横に振る。


「大丈夫だよ、今行くね」


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美術部員のとある苦悩 アイザワセカイ @aizawasekai

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