第42話 衝迫

「和尚は寝る前にどうしてゾン美さんにまでお辞儀を?」


「それは……」


 ゾン美さんは少し狼狽していた。


 はじめてのそんな姿に自ずと動揺してしまう。


「言いたくなければ、いいんだけど……」


 気を回してみたところで、その内容が気がかりであることまでを封じることはできなかった。


 その後は、思わず無言のまま待つだけになる。


「それは、わたくしのあるお願いごとのせいですね、きっと」


 きっと? ゾン美さん自身もきちんと把握しているわけでなく、想像の域を超えないということだろうか。


 ためらっていた姿がその中身を促すことに歯止めをかけていたが、瞬間的な好奇心がそれを上回り、しきいを超えていった。


「……どんなお願いごとだったの?」


「それは……」


 今度の狼狽はかなり大きく感じられた。


「腕で……」


 その先が続くことはなかった。


 いくら待っても無駄だった。


 そんな中で思い出す。


 和尚の前腕について話すゾン美さんに対していくらかの違和感を感じていたこと。


 内容自体もそうだったが、それを語るときにゾン美さんが見せたほんのわずかな切なさのせいだった。


 和尚の腕で何をしてほしかったのだろうか?


 ……ヘッドロック?


 瞬間、そんな不謹慎ふきんしんをよぎらせた自分が嫌になって、思わず両頬をバチンと叩いた。


 あった沈黙を奇怪な行為が壊す。


 ゾン美さんが珍しく驚きの表情でこちらをうかがっていた。


「なんでもない」


 自分への嫌悪感でいっぱいだったせいかそう言うだけが精一杯だった。

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