第41話 回顧

 水蓮和尚は金沢の小さなお寺の住職だった。


 断崖のうえにポツリと立っていた寺に和尚一人が住んでいた。


 ほとんど遁世とんせいに近いその生活の中、唯一定められたことは日に百度のお辞儀。


 和尚は一日のなかで、これを小分けして行っていた。


 何を、何のために、拝んでいたのかは知られていなかったが、そのお辞儀の所作は息をのむほど荘厳だったという。


 ゾン美さんがそこを訪れたのは最近のことでほんの三月ほど前だった。


 ふたりがはじめて相まみえたとき、和尚は何も言わずにただ黙々と箒をはいていた。


 異形の自分を間近にしながら、和尚には少しも乱れるところがなかったとゾン美さんは感慨深く語る。


 そのとき、ゾン美さんは和尚の前腕に釘付けになっていた。


 そして、この人ならばと感じていたらしい。


 ――よくはわからなかったが、そこで見せた横顔には先の静寂で見たやりきれなさがあったような気がした。


 和尚は掃除を済ませると、黙ったまま寺の中に入るように促し、その後も素性に一切触れることなくゾン美さんを快く受け入れる。


 それからふたりだけの生活が始まった。


 和尚は口数が少ない人だった。


 何かを語りかけても、いつも優しい笑みをこぼすだけでほとんどを済ましていた。


 ――ゾン美さんの語り口からあどけない言動を包みこむそのふるまいが自ずと浮かんでくる。


 きっと生まれながらにして相当な徳を兼ね備えた僧だったのだろうという印象を受けた。


 和尚のそうした性分もあって、ゾン美さんは次第に和尚とほとんど口を交わすことがなくなった。


 日課だったお辞儀を後ろから眺めることにほとんどを費やし、あいだに粥と漬物のみの膳をはさむ。


 それでも食事の後に見せる和尚の笑みはとりわけ慈愛に満ちていた、とゾン美さんは浸るようにして言った。


 そして和尚は毎夜、ふたりで一緒に床につく前、最後にゾン美さんにも深く頭を下げてから一日を終えていたという。

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