第38話 森閑

 静寂せいじゃくに包まれていた。


 対面するふたりが静けさのなかで無常な時を過ごす。


 それは観念と衝動の拮抗きっこうするさまを如実にょじつに表していた。


 片方が始める。


「最後に……」


 後は続かずともその真意のほどはじゅうぶんに伝わっていた。


 もう一方が口をつぐんだまま一瞥いちべつする。


 目を合わせた矢先、その視線はちゅうを散策し、一点にとどまったのを見つけると、向こうは断ち切るように首を振った。


 一縷いちるを見てからそれが届かぬほど彼方にあったことを了知りょうちしたのだろうか、途端にその一連が衝動を優勢にした。


「……したいことがあるならなんでも言えよ」


 一切の譲歩をかなぐり捨てるようにして結んだ。


 けれども口は閉ざしたままだった。


 自ずと溜息が漏れる。


 時刻はすでに暁七つ。


 静粛を細かく分けていく秒針の響。


 一刻一刻がその場を統べていくと休む間もなくそれらは彼方へと消えていった。


 急かすようにして繰り返されるなか、ふたりは依然として途方に暮れていた――。




 例によって、しょうがない気持ちとどうにかしたい気持ちが入り交じる。


「最後にしたいこと……ほんとにないの?」


 前と同じように、ゾン美さんは顔を上に向けると、少し考えるようにしてから、何度か首を横に振った。


 思わせぶりを匂わせる姿が、やはりどうにかしたい気持ちのほうをむりやり押し上げる。


「したいことがあるなら、……なんでもいいなよ」


 素直にそう思った。


 それでもゾン美さんは何も言わなかった。


 濁った声とともにため息が出る。


 時刻はもう四時を過ぎていた。


 既視感のなか、普段は気にもしない秒針の音があいもかわらず急かすように聞こえていた。

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