第32話 惨劇

「ちっ」


 手ごたえのなさを理由に片桐さんは両手を一旦離す。


 ズル、ズルーゥ。


 ゾン美さんの鼻の孔から始まる液体の逆アーチがキラキラと引き抜かれた片桐さんの指先へとつながっていた。


 おかまいなしに片桐さんは勝手に始める。


「やせ我慢するのも、ここまでだ、ふっふっ、はっはっ、ふははは」


 その姿は天使というより悪役っぽかった。


 悪役っぽいというより、これが片桐さんなんだろうなあ、となんだか思った。


 あまりにも様になっていた。


 そして先ほどのように腕を交差させると、今度は人差し指ではなく親指を立て、またクイクイさせながら唱え始める。


「目ん玉が……」


 ――え!?


 何、言い出してんの?


 さっきの悪ふざけ感はどこにいったの?


 それ、笑えないやつなんじゃないの?


 いや、こっちはいくらか耐性できてて、そんな自分が嫌だけど……。


「ひとーーーっつ!!」


 掛け声に呼応させるかのように親指をゾン美さんの目を刺しにいく。


 ブチュ。


 見事にぶっ刺さった。


 眼窩がんかと指の隙間からドロドロの液体がこぼれ出る。


 片桐さんはどうだと言わんばかりにまた鼻息を荒げていた。


 額に流れる汗が鼻につくほどの緊張感を演出する。


 続けて「目ん玉が、ふたーつ」


 バチュ。


 容赦なく二本目が突き刺さる。


 そのまま片桐さんは親指を突き動かしているようだった。


「どうだ? 苦しいだろ? 呪うんだな、自分が不浄なるものに生まれてきた運命を、ふははは」


 元からそうだったかもしれないが、もはや天使の片鱗へんりんすらなくなっていた。


 完全に敵役の魔王片桐様だった。


 そんな中で思い出す。


 一昨日食べた焼き魚の目玉。


 あれって食べてもよかったんだよね? 頭の中でしつこいくらいにくり返していた。

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