第25話 少憩

 鴨居をくぐる。


 あたたかな灯りが心までを灯すように出迎えた。


「大将、とりあえず生ね。それと、何かつまめるものをてきとうに、頼むよ」


 大将は気前よくそれに応じる。


 まかしとけ、と言わんばかりの頼もしさに身をゆだね、あとは勝手に胸を弾ませる。


 いつやってきても、ここは、やはりいい。


 世間でのうっぷんもきれいさっぱり洗い流してくれる。


「あいよ」


 目の前にはキンキンに冷えたビール。


 表面を光る水滴が勤しみをねぎらう。


 喉から手を伸ばすようにジョッキを握ると、一気に金色の雫を流し込んだ。


「プハーッ」


 五臓六腑に沁みわたる。


 欠けた器を満たす何かがここにはある。


 もうなにもいらない。


 これさえあればやっていける。


 そう自分に言い聞かせつづけていた。


 そんなときだった。


「お隣、よろしい?」


 逆光のせいか、顔立ちがはっきりしないひとりの女性。


 あらゆるものからの超越を思わせるその声はたちまちその場を現実に引き戻した。


 女性は隣に座ると礼を交わす。


「……ぷんぼこ、ぷんぽこ」


 ――うん、知ってた。どんなに歪曲しようとしても、片桐さんは、やっぱり片桐さんなんだ。


 当たり前だろ? きみの頭の中なんてこの世界にすっぽりなんだから。いつだって、まるごとさ。

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