第22話 泥梨

「眠れないのですか?」


 突然に耳を打つ。


 ハッと我に返ったとき自分が魚の姿に変わっているような気さえした。


 ゾン美さんがこちらの顔を覗きこむように見ている。


 そこには片目がぽっかり、まるで空虚が浮くようにあった。


 強烈な拒絶のせいで思わず顔をそむける。


 そのまま辺りを見回すと、徐々に自分を取り戻していった。


 壁、時計、本棚、そして、ゾンビ。


 これでよし、きっちり現実とも向き合った。


 それから折よくゾン美さんの迷惑千万がまた始まる。


「それではわたくしが子守唄のひとつでも……」


 妙な違和感を感じた。


 だんだんと変わっていく気配とともに感じる一抹の不安。


 それは見事に的中する。


「#$%&」


 とっさに耳をつんざいた。


 体現できない不快な響き、嘆き、喚き。


 耳を塞いでも無駄だった。


「やめろ、やめてくれ」


 いくら叫んでも届かなかった。


 急いでゾン美さんの口元を塞ぎに行こうとする。


 耳から手を離すと、たちまち圧倒的な怨恨の波動にさらされた。


 なんという叫喚。


 なんという焦熱。


 くっ、これが、八大地獄の様相といわれるもの。


 体が、全身が、ゾン美さんにたどり着くことなく、むしろ遠ざかっていく。


 不浄なるものの咆哮がこれほどまで凄まじいものだとは思いもしなかった。


 ああ、このままではやがて……。


 そのとき足元にあったものを踏みつぶす。


 この感触……ん?


 ゾン美さんのおめめがふたつ。


 次の瞬間には残りのひとつをもう蹴り飛ばしていた。


 それが見事に元のところへ突き刺さる。


 奇跡の決勝ゴール。


 向こう側では青色のユニフォームの一群が万歳のウェイブをつくっている。


『ボールはもちろん友達さ』


 自分が十五頭身になった気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る