第19話 軋轢

「ふぅー」


 お風呂の掃除ついでにシャワーを浴びて一息ついた。


「冷たいものを用意してお待ちしておりました」


 無視した。


 これが世の中の不条理に対抗できる唯一の手段だと悟ったからだ。


 ゾン美さんは冷蔵庫から小皿を取り出し、抱えるようにして、つめ寄ってきた。


「どうぞ」


 卵? カエルの?


 にしては大きい。


 ゾン美さんの顔を無意識に確かめる。


 片目が空っぽになっていた。


「おめめです。わたくしの」


 もう片方でウィンクする。


 現実逃避しながらも、くりぬいていく姿を想像する。


 ひとーつ、ふたーつ、それからみーっつ、と壁に投げつけたくなる衝動に駆られる。


 やめる。


 とりあえず、気色が悪かった。


「もう、ほっといてもらえませんか」


「ご迷惑でしたか?」


 片瞳を、ウルウル、させる。


 もう片方のブラックホールに吸い込まれそうでそれに構っている余裕などなかった。


「もう寝ます」


「……そうですか」


 ゾン美さんは少し残念がる。


「あなたも勝手に寝てください」


 語気を強めて断ち切るように言い放った。


 一切に気をつかうことなく、布団を広げて横になる。


 明かりだけは消す気にならなかった。


 眠ろう。


 眠ればなにかが変わるかもしれない。


 そう信じて、目をつむった。


 ――!?


 背中に圧力を感じる。


 ゾン美さんが隣で添い寝していた。


『浄化槽の真横で寝ろって? おいおい冗談キツイぜ、ハニー』


 多重人格の片影へんえいがまだ残っていたらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る