第16話 新生

「どうかされましたか?」


 股の間に取り付けられたようにある顔が口を利いた。


 日常との激しい乖離かいりが生み出す浮遊感。


 それは、マトリョーシカで戯れる子供の横で縦笛を吹く母親が父親にケツバットをされているのを眺める感覚に近い。


 いや、病院のベッドに昨日までいたはずの患者が今日は白衣をはおり、マネキンに聴診器をあてているのを看護師が覗き見しているのを見つけたような感覚と言ったほうがより正確かもしれない。


 さらに誤解を恐れずに言えば、生きるか死ぬかのやりとりを繰り広げている兵隊さんが突然に休戦宣言をしてから食べかけのクリームパンの上に腰を掛けて安らぐ感覚も含まれていた。


 そして結論に至る。


 夢だ。


 これは……きっと夢だ。


 そう、これまでのすべてがそうだったんだ。


 こんな不条理が世のなかに存在していいはずがない。


 ゆっくりと瞳を閉じる。


 悠久にからだをおくようにして過ぎるのを待つ。


 それから開ける。


「どうなされました?」


 しゃべるんじゃねぇぇえ。


 許さねえ、もう、許さねえ。


 78憶7800万 対 1 でも、ぜってえ、許さねぇ。


 父さん、母さん、みんな、ごめん。


 今日、ついに、この世と、決別します。


 そしてもうひとりの自分がここに誕生する――。

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