第15話 狭間

「まあ、その、なんか……ゴメン」


 正直に言えば、むしろ、こっちに謝って欲しかった。


 ただ、顔にぶちまけられた味噌汁を黙々と拭うゾン美さんを見れば、そう言わずにはいられなかった。


「いいえ、よろしいのです。好き嫌いは人それぞれなのです。」


 菩薩のごとく、悟りきった口調で言った。


 不浄なるゾンビが見せるその神々しさ。


 後光でもさしているかのように見えていた。


 顔を拭ったタオルはあいもかわらず腐っていたが、それについては何も言えなかった。


「気分直しに、お風呂の準備でもして参りますね」


 健気な様子でゾン美さんはユニットバスのほうに向かう。


 奇妙な生活感、まんざらでもない気がして、その雰囲気に身をまかせた――。


 ゴボゴボ、ゴボゴボ。


 しばらくすると異様な音が風呂場のほうから聞こえてきた。


 早足で駆けつける。


 ゾン美さんは浴槽に頭から突っ込んで、逆立ち状態で足をバタバタさせていた。


 立ちすくまざるえなかった。


 でも、ヤバい、何かヤバい。


 だが、どうすべきかにはさすがに悩む。


 バタつく足が助けを求めているようだった。


 だんだんと勢いがなくなっていった。


 ついにバタつきは止む。


 まさか……!?


 考えたくなかった。


 何も考えたくなかった。


「ゾン美ーーーっ」


 とっさに叫んだ。


 声高に、劇画調に、叫んでいた。


「ハイ?」


 ゾン美さんは股の間からひょっこり顔を出し、当たり前のように返事をした。


 誰かが言ってた、この世でもっとも恐ろしいのは人間の心だって。


 あえて言おう、これを見てからモノを言え、と。

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