第13話 断決

「わー、まことに芳醇ほうじゅんな卵ですね、羨ましいかぎりです」


 そこまでおっしゃるのなら、どうぞ……と言う前に先手をとられる。


「わたくしはこちらの方を……」


 納豆小鉢に手をかけようとする。


「ヘイ、フリーズ」


 アメリカンな警官がこころのなかで拳銃を構えていた。


 この食卓での唯一の良心。


 それを奪われる苦しみだけはなんとか避けたかった。


「いかがなされましたか」


 ゾン美さんには微塵も動じるところがない。


 そのまま納豆に手が伸びる。


 奪われるくらいならばいっそ。


 ――次の瞬間に小鉢は宙を舞っていた。


 浮遊するその姿は刹那を体現していた。


 注がれる全ての希望が、凝縮され、はじけるまでのせ・つ・な。


 なぜだろう、美しくもあった。


「あらあら、せっかくのご馳走が」


 すでに納豆は無残なすがたで床にねばりついていた。


 まるで腐敗したかたまりが怨嗟の念を発しているようだった。


 すまない……。


 心の中でそうつぶやき、喪に服していた。


 それでもゾン美さんは動じない。


「ご心配なく、わたくしが責任をもって……」


 あの格好で這いつくばる。


 天井を這いまわるいつかの妖怪の姿を彷彿ほうふつさせた。


 ――それを見て思う。


 世界はきっと、己には広すぎるんだ、と。


 ついに納豆はズルズルとすすられていった。


 ――それを見て悟る。


 世界はきっと、己には興味がないんだ、と。


 そうか、そうだったんだ。


 ――ようやく決心がついた。

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