第12話 御膳

 テーブルに置かれた鍋。


 なかには得体のしれない汁物、何か、エトセトラ。


 脇には納豆と卵が別々の小鉢に添えられている。


「お米が欲しいところですが、仕方ありませんよね?」


 これぞ圧力。


 貧乏はしんどい。


 主導権は握られたままになる。


「それでは、さっそく」


 ゾン美さんはお汁をお椀に装う。


 なぜか一杯だけが用意されて、目の前にそれが置かれる。


 ゾン美さん、あなたの分は?


「いただきましょう」


「待て待て待て」


「どうかされました?」


「要らないの?」


 鍋をちらりと見る。


「はい、わたくしは……」


 すでに契りを交わしました、と続くような気がした。


「卵をお入れになるとよろしいですよ」


 その前に問題が山積みにされていた。


 据え膳食わぬは、とはいうものの……これは便器に顔を突っ込む行為に等しい。


 いや、それよりもはるかに危険だ。


 思わず、ゾン美さんの顔をあおぎ見る。


 整った顔立ちからあふれ出る母性。


 こめかみからこぼれるミソが健気さを演出


 ――するはずない。


 それでも笑顔のほうは本物で、有無をいわせない魔法のような効果を醸し出していた。


 とりあえず、卵を手に取る。


 一部始終を見守るゾン美さん。


 小さな覚悟を決めた。


 コンコン、パカッ。


 割ると、案の定、中身は腐っていた。


 臭い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る