第11話 嘱目

 コッソリ物陰に身をひそめながら、ゾン美さんの調理する姿を見守る。


 もうすでに鍋のなかには水が張られていた。


 それを火にかけると、はらわたから絞り出すように液汁えきじゅうを加える。


「お出汁完了」


 嘘だよね? 嘘だと言ってよ、ゾン美ィ。


 ゾン美さんは続ける。


 軽くおたまでかき混ぜると、小指をひたして、ペロっと味見。


「うん、なかなか」


 おたまを取り出すとき、気色悪さを演出するような糸がツ―と引いた。


 見ちゃ駄目だ、これは見ちゃ駄目だ。


 吐き気をもよおす臭気のなか、煩悩の数より多く訓戒くんかいを繰り返していた。


 それでも人の欲望は底なしだ。


 しっかりと覆いながらも、のぞき穴をつくっておくことは忘れない。


 指のすき間から見える光景はいよいよ絶頂を迎えようとしてしていた。


「さてと……」


 そうこぼすと、ゾン美さんはこめかみをおたまでコンコンとノック。


 叩いた部分がポロっとくずれて、そこからおミソがこぼれる。


 首を鍋に近づけると、それをフルダイブさせた。


 ジー・ワイ・エー・エー。


 いつの間にかキツツキのように頭を壁に打ちつけていた。


「あれ、いらしたのですか? もうすぐですよ、さっそくお持ちしますので」


 なあ、我が意識よ、きみはなぜ消失を選ぼうとしないのだ?

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