第8話 幽冥

「うちは、そんなに無理」


 こんな臭いが一週間以上続くなんて、考えただけでおぞましかった。


「なにゆえ? 家の中に入れてくれたではありませんか」


「いや、あんた勝手に入ってきて、勝手に閉めてたよね、それもご丁寧に」


「おたわむれを、フフッ」


 何もかも包みこもうとする笑い方。


 途端にイラっとして声を荒げる。


「おい、ふざけんな。だいたいなんで、うち、なんだよ」


「お隣さまからのご紹介です」


「え、隣は半年まえから空いてるはず……ん?」


 しゅんかんゾッと悪寒が走る。


 たちまち部屋が暗転した――。




 目の前には、暗闇のなかに浮いたクラゲがいた。


「はい、どうもこんちわー」


 建前のようなあいさつをこなす。


 声は外から耳でなく、内から頭へ直に聞こえてくるような気がした。


 味わったことのない感覚だった。


「事情、聞いたよね? そんじゃ、あとよろしくー」


「待て待て」


 慌てて呼び止める。


「え、なに?」


「事情ってなに? の前にあんた誰? というかあんた何?」


「欲張りさんだな」


 会話が成立していることは置いてけぼりにされる。


「僕は幽霊のゆうぞう。彼女をよろしく。以上。それじゃあ」


「待て待て待て待て」


「他にもなにか?」


 このあと幽霊時間というやつで、丸二日ほど続いた。

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