=IFERROR(僕の人生,"")で真っ白になるこの世界を、一体誰が愛せるというのか(独白)
※英語が出るので横読み推奨です。
真っ白だった。
眼前に広がるのは、どこまでも真っ白な空間だった。
死んでしまいたい。そう思いながら、昨晩も自己嫌悪の嵐の中布団にくるまっていたことだけは覚えている。そうか、ここは「あの世」なのかと自分で合点のいく考えにたどり着き、安堵した。しかし、死んだのに思考回路は残っているのかと再び暗い影が精神を支配する。思考が残っている以上、自分が暗い感情の海から抜け出せる日は来ない。
死んでまで自己嫌悪している自分に更に嫌気がさす。
間違いだった。生まれたこと自体が、間違いだった。
自分なんかが生きているより、病気で、事故で、戦争で惜しまれながら亡くなってしまった名も知らない人間が生きていたほうがよっぽど有益だったに違いない。
意味なんてなかった。自分が生きていたことに、意味なんてなかった。
やり直したいとすら思わない。いったいどこから始めれば納得のいく人生になったというのか。誰にも、何にも影響なんて与えられなかった。自分なんていてもいなくても同じだった。社会の歯車にすらなれなかった。
どの分岐を選んでも、行きつく先はここだ。
「死んでも、楽にはなれないんだな」
そう声を発したところで目が覚めた。体勢を変えると、がさりとゴミ袋が音を立てて少し崩れた。
夢だった。そうか、夢だったか。
自分をこの世界に引き戻したのは着信を知らせるスマホの振動だった。無断欠勤は何日目になるのだろうか。充電ぎりぎりの画面にはアルバイト先の店名が表示されている。手を伸ばしてスマホをひっくり返し、見なかったことにした。一瞬にも満たない罪悪感さえ忘れてしまえばなかったことにできる。留守番電話が起動し、おぼろげに覚えていた店長の声が短く解雇を告げる。そうか、また、そうなのか。
自分が招いた結果に再び自己嫌悪する。自分が招いた結果なのに。いや、だからこそ、なのだろう。
希望に満ち溢れた新入社員だった自分が、怠惰ではあったものの、遅刻も欠勤も一切していなかった自分が、一体どうしてこうなってしまったのだろうか。
頭の中にぱっとパソコン画面が起動する。
IFERROR
画面にぽつりと入力されていたのは、会社員だったころよく使った関数だ。表の見栄えをよくするためにエラーを起こした関数を見えないようにしてくれる。無かったことにしてくれる。
=IFERROR(僕の人生,"")
すべてのセルに関数を入力してみた。過去から未来へと続くすべてのセル、僕の人生が一瞬で白紙になる。
エラーしかない。きちんと結果が出たセルなんて一つもなかった。
一つも、だ。
結果なんて、成果なんて、この人生にはなかった。間違いと無意味だらけの人生だった。=IFERROR(僕の人生,"")で真っ白になるこの世界を、一体誰が愛せるというのか。
手の届くところにいつも置いていた錠剤に手を伸ばす。今度こそ、と、手を伸ばした。今度こそだ。
救われたかった。助かりたかった。白紙が許される世界にいきたかった。
頼む。最期の祈りだ。
お前だけは、正しく、きちんと、望んだ結果を出してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます