【永池愛美の正体〈3〉】

「ここでいっぺんに色々話すとまた混乱させるだろうから今は最小限にしておくけど──」


 愛美あいみは私の身体を通り越し、後ろななめ上を見ているような視線で話を続けた。


「確実に言えることのひとつは、あなたと同じクラスになったのは偶然じゃないってこと」 

「え?」

「だから、偶然じゃないの」

「それ・・・・どういうこと?」

「う~ん・・・・ここまではいいんでしょうか?」

「え、何が?」

「ああ、うっかり声に出ちゃったわ。今のはあなたにじゃなくてあなたの後ろのかたに聞いたのよ」


 その言葉に思わず私は振り向いた。

 が、何もいない、見えない。

 

「やだ、振り向いたら立ってるとかじゃないから、ふふ」

「でも・・・・あなたには見えるって・・・・」

「あのね」

「・・・・」

「これは話してもおとがめ無しとのことだから言うけど・・・・あなたの松埜家まつのけと私の永池家ながいけけの関係は1200年前から始まってるの」

「せ、1200?!」

「そう。平安時代から」

「平安っ?!」


 心臓がバクンッと鳴った。

 まただ・・・・またも平安というキーワードが──


眷族けんぞく

けん・・・・族?」

「そう。うちはね、代々あなたの松埜家まつのけを陰で支えてきた眷族けんぞくの家系なのよ」

「ええっ」


 衝撃だった。

 ただのクラスメート、しかも特に近しくしているわけでもない言わば単に同じクラスにいるだけな存在同士としか認識していなかった永池愛美ながいけあいみが、その家系が、まさか・・・・まさかそういうことだったとは!


「じ、じゃあ、何もかも分かって・・・・知ってるってこと?」

「そうなるわね」


 私にとっては驚天動地きょうてんどうちな告白をしたにも関わらず、愛美はまったく動じず淡々としたままでいる。


「でも・・・・とんでもないものが憑いてる、ってメモに書いてたから急に見えたのだとばっかり──」


 私は率直な感想を口にした。

 いきなり接触してきた愛美のあのメモの一文は、はからずも唐突に見てしまったものを知らせるために書いたように感じたからだ。


「急を要したから。ああ書けば嫌でもこちらに気持ちが向くでしょ?えっ?って驚いて」

「急・・・・」

「田端さんが倒れたじゃない。あれ、あなたに原因の一端いったんがあるから」

「あ・・・・」


 やっぱり、私が九条松埜家くじょうまつのけの調べを頼んだことで〈おのろし様〉がお怒りになって──


「と言ってもあなたの後ろのかたは何もしていない。田端さん、ああ見えて霊的感受性がわりとあるから、あなたから発する霊波に気付いて恐怖を感じて当たってしまったというか。まあ勝手に倒れたと言ったら失礼だけど」

「霊波? 私そんな──」

「自覚ない? あなた、昨日までとはぜんぜん違うわよ?」

「・・・・」


 昨日までとは違う・・・・違う──御留戸おとめどに入ったことは愛美は知らないはず。

 私はそんなに変わったのだろうか・・・・。


「田端さんに何か言ったか、頼んだかした?」


 そう言われ、私は三国川教授から調べてみろと言われたキーワードの件とその1つの九条松埜家についての検索を田端裕美に頼んだことを正直に話した。


「なるほどね、それで田端さんにストップがかかったわけか。彼女も災難だったわね。にしても三国川教授・・・・あの人は駄目」

 

 いきなりきっぱりと言い切る愛美。

 初めて彼女は少し険しい表情になった。


「駄目? どういうこと?」

「近づいちゃ駄目、口車に乗っては駄目、ってこと」

「え・・・・どうして?」

敵方てきがただから」

「敵?!」

「そう」


 混乱混乱混乱──愛美の口から飛び出す想定外の言葉の数々に、私の頭は混迷した。

 敵?

 あの大学教授が?

 

「あの人、結界クラッシャーだしね」


 ああもう──次々と繰り出す愛美の言葉に理解が追い付かず脳内は撹乱されるばかりだ。

 愛美は、そんな私の精神状態を読み取ったかのように静かに語り始めた。


「訳が分からないって顔してるわね、無理もないけど。本当はね、18になるまであなたが大人しくしていればその時が来るまで私も名乗る必要はなかったし近づくこともなかった。見える範囲に何気なくいるだけで良かったの。でもあなたはあと少しが待てずに知りたくなった、調べ始めた、余計な情報を得た──だから時期よりも早く、私はあなたの好奇心の暴走を歯止めるために使われることになった、と、そういう話。分かる?」


 そこまで話すと愛美は初めてうっすら微笑んだ。

 何故だかそれは、どこか懐かしいような笑みだった。

 



 


 


 






 







 

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