【永池愛美の正体〈4〉】

 愛美の微笑に多少の安堵を感じた私は、どこまでなら聞いていいのかと躊躇しつつ、疑問のいくつかを尋ねてみることにした。


「あの・・・・」

「何?」

「あなたの話を疑うわけではないんだけど、裏神、って言い方をしたでしょ? 私の家の存在について」

「うん」

「名前・・・・わかってるの? 知らされているというか──」

「おのろし様」

「あ・・・・」

「家系同士の1200年の関わりだもの、知らないわけないでしょ。でも──」

「?」

「あなたの松埜家まつのけの方たちが内々うちうちで口にするのは問題ないけれど、私の家系はあくまで眷族けんぞく、つまり陰の立場だからあまり安易に名をお呼びしてはいけないの」

「ああ、そういう・・・・じゃ、裏神というのは比喩的な?」

「それもあるけど裏神・・・・失礼、裏神様というのは事実なことだから」

「事実?」

「そのことについては・・・・正式に明かされる時が来るからこれ以上は私の口からは話せない。今回の私の役目はあくまであなたの行動を制することだから」


 そう言うと愛美は笑みの消えた真顔で私の背後を見つめた。


「そう・・・・わかった。もう勝手に調べたり探ったりしない。来年の4月まで大人しく受け身でいればいいのね?」

「もちろんそう。だけど──」

「?」

「動き出したあれは──」

「あれ?」

「結界クラッシャー」

「あ、三国川教授・・・・それ、どういうこと?」


 結界の意味は分かる。

 けれどクラッシャーとは?

 しかも愛美は教授のことを敵だとも言った。

 敵、クラッシャー──あの穏やかな風貌で学問に熱心そうな教授が一体どうだというのか?

 私にはピンと来るものが今のところはない。


「あの人、民俗学の世界じゃ名の知れた教授だけど、それはあくまで表の顔。学術的調査として全国あちこちを回っている真の目的は結界を破壊することなのよ」

「えっ、破壊?!」

「そう」

「どうして・・・・何故そんな・・・・」

魔垠族まごんぞくだから」

「ま、まごん───」

「族。つまり敵」


 あまりに唐突で、そして突飛なその言葉に正直、目が点になる思いがした。

 愛美からの情報の処理が脳内で追いつかない。


「それは何、というか何なの一体」

「簡単に言うと世の中を乱すことを目的としている魔界のやから。日本には古代からの結界によって守られ均衡きんこうが保たれている土地や場所があちこちにあるのよ。だからこんなに火山が多くて地震も多く住む平地も少ない小さな島国でも発達発展してこられたの。独自の文化も含めてね。でも神々の守護も厚いそんな日本をボロボロにしようと企む連中がいて、それが魔垠族まごんぞくという厄介な存在。三国川教授はまさにその一族の家系なのよ」

「そんな・・・・」


 現実離れなその話が事実だとしたら、三国川教授は要は魔物ということなのか?

 本当にそんなことが──


「結界が壊された地域や土地はどうなると思う?」

「どうなる・・・・の?」

「災害、事故、事件。いろいろな災厄に立て続けて見舞われるのよ、しかも突発的に。教授が調査と称して足を運んだ場所を調べれば分かる話だけど。もちろん二重や三重に結界が張られている場合は壊すに壊せず失敗することはあるから奴らの所業しょぎょうも完璧じゃないんだけどね」


 そう言う愛美からは荒唐無稽ながらも私を納得させる力業ちからわざのような気迫が醸し出され、何か言おうにも私の口からは言葉が出なかった。


「とにかく、三国川教授には近づいては駄目。あの人の背後には魔垠族まごんぞくがいることを肝に命じておいてね」


 私はただ、うなずくしかなかった。

 


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