【三国川教授〈3〉】

 指定された時間の1分前に念のため、これから電話をさせて頂きますとメールを打ち、私は時間ぴったりに三国川教授の番号をプッシュした。

 携帯ではなく固定電話の番号だ。

 何となくプライベートに踏み込んだ感がある。


「はい、三国川です。松埜まつのさんだね?」

「はい。夜分にお時間を頂きありがとうございます」

「いやいや、学生さんとの会話は好きな方だから気遣いは無用です。興味を持ってくれてありがとう」

「あ、いえ、それであの──」

「ああ、質問だね? ブログを見てくれたんだっけ? 何を聞きたいのかな? 」


 たぶん父と同じアラフィフ世代と思われる教授の、娘にでも話しかけるような口調に緊張が少しほどけた私は頭の中で考えておいた順に、まずは直球の問いを口にした。


「先生のブログ記事の中に、ある地域で〈おどろし〉と呼ばれる真中神まなかしんという存在について書かれていますが、それは──」

「え? 君も?!」

「はい?」

「ああ、失礼。いや実は君の他にも〈おどろし〉について聞いてきた人がいてね。ほんの3日ほど前のことなんだが・・・・そうか、君もか・・・・」


 正直、驚いた。

 もちろんブログで記事をオープンにしている以上、誰もが読める上に教授の学問に興味を持ち知識を得たいと思う読者がいても、それ自体はおかしくはない。

 ただ、たまたまにせよ、このタイミングで私以外に〈おどろし〉について聞いた者がいるということには驚きを隠せない。


「先生、あの・・・・その人はどうしてそれに興味を持ったんですか?」


 無言でいるわけにもいかず、私はとりあえず感じたままを口にした。


「うん、何でもその人の実家のある地方に同類な伝承があるらしく、似たような名の謎の神的な存在を祀る場所があると言う話でね。それには私の方が興味を惹かれて遠からず訪ねてみようかとも考えているよ」


(?! 似たような名?! 謎の神のような存在を祀る場所?)


 ギクリ、とした。

 どういうことだろう──まさか、我が家のような立場の家、場所が他にもあるということだろうか?


「あの・・・・似たような名、というのはどんなものなのでしょうか?」

「それはどうやら禁句らしくてね、聞かせてはもらえなかったよ。まあ直接その地におもむけば知ることは出来るんじゃないかと考えてはいるが」


(禁句・・・・)


 似ている。

 松埜まつの家の〈おのろし様〉についての厳格な掟と、その人物の言う禁句とが、根拠はないが同義なのではないか──そんな気がした。


「ところで君は〈おどろし〉について何が聞きたいのかな?」

「あ、あの──」


 ギギ ギギギギ ギ━━━━


「え? もしもし? もしもし?」

「も・・・・し? もし・・・・松・・・・ん? 聞こえ・・・・か?」

「三国川先生? もしもし聞こえますか?」

「も・・・・・・・・もし・・・・? ・・・・・・・─────」


 ブツッ


「先生? もしもしっ?」


 耳に刺さるような不快音のあと遠くなり聞き取れなくなった教授の声は回線の遮断でいきなり断ち切られた。

 すぐに掛け直してはみたが話し中になっている。

 固定電話の単純な不具合だろうか?

 

 いや、たぶん・・・・違う。

 何かが作用をした。

 そしてそれは──


『おのろし様についてあれこれ詮索をしては駄目』


 母の言葉がふいに脳裏に蘇った。

 同時にたぶん今、会話を断ち切ったのは〈おのろし様〉だと確信めいた感覚が私を襲った。


 三国川教授とつながったこと、それは〈おのろし様〉の怒りに触れることだったのだろうか──

 私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。





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