【御留戸の夜〈3〉】

 茶碗に八分目の、梅干し1つだけが味付けの白粥しろがゆを食べてから、私は池の真ん中にある御留戸おとめどへと架けられた太鼓橋を渡った。

 5メートルもない小さい橋だ。


 蔵から伸びている帯のような赤い布の上を足袋のまま歩き、屋根も壁も真っ赤に塗られた八角形のお堂である御留戸おとめどの前に立つと、身をかがめて人がようやく1人だけ通れる程度の大きさの観音開きの扉を開けた。

 そして中に入り、事前に言われていたように内側から扉を閉めた。

 閉め切る寸前に見た橋の向こうの両親の顔は無表情で、私の目には一瞬、2人が色の無い白黒写真のように見えた。

 何故なのかは分からない。


 扉を閉めてから中を見回すと外側とは異なり壁は白く、勝手に想像していたような祭壇めいたものも無く、ぼんやりとした暖色系の明かりに照らされてただ1つ、中央にベルベットのような生地の赤い座椅子だけが置かれている。

 

(これに座ってるだけでいいってこと?)


 それしか置いてないということはそういうことなのだろうと思い、とりあえず私は腰を下ろした。

 

「わ、ふかふか!」


 絶妙な柔らかさの座り心地に思わず言葉が漏れる。

 肘掛けの部分もちょうどいい高さで相当モノが良い品だということが分かる。

 背もたれも寄りかかってみるととてもリラックス出来る角度になっている。


 座りながらあらためて見回してみても天井も白い無地で変哲もなく、とにかく椅子以外は本当に何も無い。

 あまりにガランとした3畳半ほどの狭い空間が退屈といえば退屈だが、眠くなったら寝てしまってもいいと父からは言われているため、暖かみのある明かりの中でたぶん早々にウトウトしそうな気がした。


(あれ?)


 ふいに私はある事に気付き、再度ぐるりと中を見回した。

 

「やっぱり無い・・・・」


 心地よい暖色系の明かり──これは一体どこから?


 照明器具がどこにも1つも見当たらない。

 光の出所、光源が無いのだ。

 立ち上がり手で触りながら隅々まで壁を調べてみてもまったくどこにも設置がされていない。

 それなら、と、座椅子の左右の肘掛けに着物の裾を開いて両足で立ち目を皿のようにして見ても、継ぎ目の無い白い天井にも豆電球の1つすら付いていない。


「どういうこと? どこから照らしてるの?」


 怖さは感じないが、ただひたすら不思議だった。

 

「あ、そっか!」


 私は座椅子の背もたれの裏側の前にしゃがみ込むと、ここだろうと見つけた気分になり確かめるように触りながら押してみたりもした。

 が、やはり何も無い。

 前面のクッション部分も調べてみたがただの座椅子なだけだった。


 今では主流のLEDのパキッとした白光ではなく、どこか懐かしいような安らぐような明かり。

 それがこの狭い空間のどこから発光しているのかがまったく分からないという理屈の通らない状況に放り込まれ、私は首をかしげるばかりだった。


「何なの・・・・ここ・・・・」


 再び座椅子に腰を下ろす。

 スマホも手元に無く隔絶された空間の中、目で見ても頭で考えてもまるで分からない現象から逃げ出せもせず、早朝4時までここでこうしているしかない事態に私は(まあ一晩だけのことだし)と、早くも諦めの気持ちになり始めていた。




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