【裏歴史の御方】

 私が18になるのはまだ半年先の来年4月。

 それまでは〈おのろし様〉について聞かされない事、聞いてはいけない事、は多数ある。

 だからこれまでの日々は言いなりだった。

 それで特に不自由を感じていたわけでもなく、いわゆる普通ではない家に生まれたことでの〈外の世界〉への接し方、外用の仮面の付け方は、幼い頃から両親と祖父母に事あるごとに教えられてきていたため"こういうものなんだ"という認識がある程度は出来上がっていた。


 ただ、今日のこれから──については寝耳に水の思いもよらない事態でありすぎ、恭次郎の突然の死への驚き以上に今、私を動揺させている。

 

御留戸おとめどに入りなさい」


 そう言った祖母の口調には有無を言わさない圧があったが、かといってすんなり理解と納得が出来ることではなかった。


 コンコン コン

 

華蘭からん、朝食を持ってきたわ」

「え、わざわざ? ありがとう」

「いいのよ、今日は特別だから」


 祖母が去り、ひとりになった部屋に母、琴葉ことはが訪れた。

 いつもは普通にキッチンで食べる朝食をトレーに乗せて持ってきている。

 

 華蘭からん──私の本名。

 学校での名前を留々子としているのは掟の中のひとつ、〔真名まんなを知られてはいけない〕を厳守してのことで、真名とは本名のことだ。

 松埜まつの家の者は誰もがすべて同じように守り、異を唱えることはない。

 そして戸籍と異なる名を学校などの社会面で使用することを可能とする"やり方"が松埜まつの家にはあるらしい。

 らしい──つまりはまだ私は家についての全容を知ってはいない。


「お母さん、私──」

「話は聞いたわ。御留戸おとめどに入るのね」

「それは言われたけど・・・・理由は? 私がどうして──」

「華蘭を守るためよ」

「私を守る?」

「そう」

「ちょっと理解が追いつかない・・・・どういうこと?」

「いずれ当主になる華蘭の身を守る、ということ」

「身を守る?」

「あのね・・・・まあ座って」


 母は部屋の中央のガラステーブルの上に食事を並べた。

 出来立てのオムレツとツナサラダのいい匂いがしている。


「華蘭はまだ17だから私の口から話せることは多くはないけれど──」

「お父さんもおばあちゃんもそう言ってたし、それは私も分かるんだけど、でも恭次郎君が急に亡くなって、それで私が御留戸おとめどに入らなきゃならないってことがどうしても分からなくて・・・・おのろし様の指示なの? だいたい、おのろし様って──」

「駄目よ」

「え、何?」

「おのろし様についてあれこれ詮索しては駄目。あと半年は待ちなさい」

「待ちなさい、って言われても・・・・何も分からないのにいきなり今日、御留戸に入れなんて・・・・」

「裏歴史なのよ」

「裏歴史? どういうこと?」

「おのろし様のこと。あの御方は裏歴史の大事な御方なの。だから万が一にも無礼や粗相があってはいけないの。私たちは御守りを許された一族なのよ」


 裏歴史。

 聞き慣れないその言葉に、私は妙に胸がざわめいた。

 裏、という響きが不明瞭な重みを放っているような気がした。


「さ、食べてちょうだい。またあとで来るから」


 母はそう言うと立ち上がり部屋を出て行きかけた。


「お母さん!」

「何?」

「おのろし様って・・・・人なの? それとも人ではないの?」


 幼い頃に祖母に向けた問いを、今度は母に投げ掛けた。


「・・・・」

「お母さん!」

「おのろし様は・・・・おのろし様よ」

「!?」


 母の口から出たのは、かつての祖母と同じ言葉だった。

 一体どういう存在なのか?

 何故はっきりと言えない? 言ってくれない?

 そしてもし、人間ではないなら──何?


 脳裏に疑問ばかりが渦を巻く。


 蔵の中の〈おのろし様〉

 果たして来年4月、18になった時に私が知る真実はどんなものなのだろうか・・・・。










 

 

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