【知られてはいけない】

「いわゆる土着信仰というものがあり──」


 社会科の特別授業で招かれた民俗学の大学教授がそれに触れた時、私は内心ピクリとした。

 自分のことを言われているわけでも負い目を感じる必要もないことは頭では分かっていても、〈外の世界〉からその言葉が出ると心が勝手に反応してしまう。


「現代の高校生である君たちにはピンと来ない話かもしれないが──」

(いやいや、ピンと来ないどころか・・・・)


 土着信仰──ウチの家はたぶんそれに当てはまる。

 正確にはそれの一種、ということかもしれない。

 

 明治維新で解体された某藩の家老の家系という我が家である松埜まつの家は代々、厳格な掟で極秘に慎重に守ってきた事柄がある。

 それはその時々の当主がピリピリと神経を磨り減らすほどに厳然と厳しく守り通されてきたことで、松埜まつの家の人間以外には絶対に知られてはならない事実だ。

 どんな理由があれ、〈外の世界〉に漏らすこと、漏れることは許されない。

 

 そして私はそんな松埜まつの家本家の長女。

 男子が産まれなかったため、いずれ婿を取り後を継ぐことが必然的に決まっている。

 その相手も既にいる。

 まだ実際に会ったことはないが遠縁の男性。

 いわゆる許嫁いいなづけだ。


 つまり私には自由はない。

 まるで歩く座敷牢ざしきろうのような、ガチガチの檻の中にいながらの生活を続けている。

 最低限の教養を身につけることと、〈外の世界〉の様子を知ることのため、高校にはかろうじて通い、一見はごく普通の17歳の女子高生に見えるように振る舞っている。

 仮面女──それが私だ。


「この中で誰か、ご両親や祖父母などから田舎の独自の風習や信仰の話を聞いたことがある人は? いないかな?」


 三国川龍彦みくにがわたつひこという教授が、無言で話を聞いているままの生徒たちに問いかける。


(田舎じゃなくてもあるんですけど・・・・)


 口に出すことなど決して出来ない呟きが、私の心の中でブツブツ言う。


 田舎ではない。

 ここは名の知られた都市、横浜。

 この広大な市の一角にある一つの旧家で、密かに、そして脈々と受け継がれている事柄──存在──について、〈外の世界〉の人々は誰も知らない。


 そしてたぶん、知っても誰も信じない。


 強大で強力、この世ならざる異次元の力を有している存在──


        【おのろし様】


 私の家にはそれが居る。


 決して誰にも知られてはいけない。


 

 

 

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