第113話帰りましょうか。2
「ア? 何だ急に」
バンッ、と指を鉄砲のようにして悪魔が何かを発射する。それは影の塊のような…いつか見た某真っ黒ななんとかすけみたいな。悪魔はアレを何度も何度も空中目掛けて発射していた。
ねぇ、何してるのそれ? と口を動かすと悪魔はこちらを向いて。
「あー……侵入者を撃退してた。オレサマってば超気が利くからさ」
へぇ、じゃあ貴方も撃退されて然るべきじゃない?
とちょっとした悪ふざけを口にすると、悪魔は「クハッ!」と愉しげに笑った。
「生意気にも言うようになったじゃねぇかァ〜」
そう弾む声で言いながら悪魔は私の頭をわしゃわしゃと掻き回してくる。
ここはいつもの夢の世界。真っ黒で真っ暗な私の夢の世界。
シルフに寝かしつけられた私は夢の中ですぐに目を覚ました。そこには既にあの悪魔がいて、こちらに気づくと空中をふよふよ漂いながら気さくに『よっ、数日ぶり』と手を振ってきた。
その後またあの真っ白なテーブルで二人で話していた所、さっきの突然の発砲が行われたのである。
実はですね。なんとこの悪魔、先程殊勝にも謝ってきたのだ。
『緑の竜の事……お前に全て背負わせて悪かったな、オレサマも多少は責任感じたから一応謝っとく』
と悪魔が突然申し訳無さそうな素振りを見せたものだから、あの時はつい笑ってしまった。その事もあって何だかこの悪魔とも距離が縮まり、こうして悪ふざけを口にしたら笑ってツッコミを入れてくれるぐらいの間柄になったのだろう。
「……改めて考えると。オレサマは今お前の夢の世界にいるからお前の表層心理は感じ取れるものの…夢の世界に入っても尚、お前の深層心理には全くと言っていい程手が届かん。マジでどうなってんだお前?」
突然、悪魔が真面目な口調で切り出した。
深層心理ってのは聞いた事あるけど、表層心理って何。深層心理の対義語か何か?
「深層心理は人間には認識出来ん無意識領域のやつ。表層心理は人間でも認識出来る意識領域のやつだな。普通、夢の世界に入れば深層心理──相手ですら認識出来てない精神の奥底だって感じ取れるんだ」
心とか感情とか夢とか記憶とか統括して精神って言ったりもするがな。と悪魔は付け加えた。それは何かの授業で聞いた気もする。
何だったかな……確か、そう。現在確認されている魔力属性の話で、精神干渉系の魔力がどうのって聞いた気がする。
そうそう、夢と愛と心って魔力が精神干渉系の魔力だーって習った気がするわ。確かに全部目に見えない精神的なものね………精神干渉ってそう言う事だったのか。
「へぇ、ちゃんと勉強してんだなお前。オレサマはとても偉大な悪魔だからな、その精神干渉とかもうちょちょいのちょいなんだわ。でもなァ……ことお前に関してはマジで意味分からんぐらい出来ねぇ。つぅかこうして夢の世界に入れてる事がおかしいぐらい、お前の精神にかけられた錠前やら鎖やらは異常に堅固だ」
へー、よく分かんないけど私の精神の
と悪魔の言ってる事を半分くらい理解出来ていない私は楽観視していたのだが。
「ラッキーじゃねぇ、異常なんだよお前は! 人間には不可能なぐらい……ってか神々とかと比べても遜色無いぐらいだ。そのレベルなんだよ…マジで意味分かんねェッ」
真っ白な椅子の上で長い足を組み、ガシガシと自身の後頭部を掻き回す悪魔。あからさまに不機嫌になったようだ。
……それにしても。神々と比べても遜色無いレベルのセキュリティっていうのは中々に穏やかじゃないわね。
そんなセキュリティの理由………精神…心やらへの干渉が不可能……私の
もしそうだとしたら──私が、転生者だから?
「──お前、今何て言った」
私なりの考察をしていた所、悪魔が威圧的な声音で問うてくる。そうだった、この悪魔には私の考えてる事が筒抜けなんだった。
じゃあもう隠しても無駄かと思い、私はもう一度『私が転生者だから』と口を動かす。
すると、僅かに見える悪魔の口元がうっすらと笑った。前世の事をどう話そうかしらと困っていたその時、悪魔が口を開いた。
「何も聞こえねぇ。お前が自分の正体らしきものを口にした時だけ、お前の言葉も心も何もかもが消えていた。オレサマにも認識出来ないような別次元に飛んだみたいにな。あぁ成程……お前の異常性はその正体に基づくものだったって事か。なぁ、アミレス・ヘル・フォーロイト。お前は何者なんだ───」
ニヤリと鋭く弧を描いた悪魔の口元。彼のペンでぐちゃぐちゃに塗り潰されたような顔………その隙間から見える紫色の瞳が狂いそうな程に私を見つめている。
どうやら私の仮説は正しく、私が転生者である事や前世の記憶がこの世界に流出する事は必ず妨害されるようだ。
別次元に飛ばされる──言い得て妙だ。今の私にとってここは三次元の現実だが、以前の私にとってここは二次元の虚構だったのだから。
元々別次元にあった為か消された私の言葉が、別次元に飛ばされたと表現されるのは確かにその通りかも……と思ったのである。
つまり…この世界はイレギュラーたる私によるシナリオの改編は許すものの、この世界に生きる者達にシナリオ等の話をする事は許さないらしい。話すつもりも無かったけれど……益々厄介な事になったなぁ。
これから起こる色んな事件の時、私はどうやって先回り──言い訳すればいいのだろうか。毎回毎回天啓で誤魔化せるかしら?
………そう、暫く考えていると。いつの間にか悪魔は姿を消していて、それに気づいた時には私の意識も覚醒したようだった。
♢♢♢♢
「すっご〜〜〜い!」
「アミレス様に楽しんでいただけたようで良かったです」
風に吹かれながら遠く下方に見えるオセロマイトの大地を眺める。身を乗り出してはしゃぐ私の隣で、メイシアが微笑む。
私達は今、シャンパー商会の開発した飛空船に乗ってフォーロイト帝国へと帰っている。いざ帰るかとなった時、
ラ・フレーシャの傍にこんなカッコイイものが係留していたなんて! と飛空船を初めて見た時にはしゃいでしまい、皆に温かい目で見つめられてしまった。
オセロマイト王や王妃との別れも済ませ、飛空船──シャン・ドゥ号に乗り込んで絶賛帰国中なのである。空をゆっくりと進む船の上にて、私はそれはもうはしゃいでいた。
最早王女らしい振る舞いとか知らない。恥ずかしかろうと私は私らしく振る舞うのみ、だ!
あまりにも飛空船を楽しんでいる私の為にとメイシアが船内を案内してくれた。
この飛空船、なんとたったの二日で帝都郊外に到着する事が出来るそうで、そこで私達は下船し、その後はメイシアの護衛兼シャン・ドゥ号船長の魔導師ゼルドさんがシャンパージュ伯爵家の領地まで飛空船を持っていく流れになっている。
そう言う訳で、これから二日間この船で過ごす事になるので私はメイシアの説明を良く聞きながら各所を回っていた。
客室に談話室、ちゃんとした浴場に御手洗、食堂や
イメージとしては前世で言う豪華客船…の縮小版みたいなもの。それでも大きく広いこの船は、シャンパー商会のもてる技術を総動員して作ったものらしい。
この人類の技術の集大成と呼べるものにシルフも師匠もかなり興奮していた。ここはこうしてるのか、なるほどこの魔力で、こんなものを作り出すなんてな、等々……とても楽しそうに二人は話していた。
シルフと師匠だけではない。皆がこの船に驚き興奮冷めやらないまま案内が終わり、自由行動が始まった途端それぞれが気になる場所に再度向かったのだ。
過保護になっているのか、私の傍を離れようとしないイリオーデとマクベスタにも好きなように過ごしてねと言いつけた。メイシアやナトラ、シュヴァルツには、ちょっと一人でゆっくり休みたくて。と告げて私は見事一人になる事に成功した。
甲板にあったベンチに座り、徐々に沈みゆく夕陽を見ながらぼーっとする。
ここ数日間毎日思っていたけれど……こんなにも穏やかな気持ちは久々だ。この一ヶ月間色々あったからなぁ…ついにゲームのシナリオを改編し始めた訳だけど、これが今後どう影響を及ぼすのか。
怖いな、でも立ち向かわないと。私は死にたくない。生きていたい。アミレスとして──アミレスと一緒に、幸せになりたいんだから。
「……ねぇ、アミレス。私達にとっての幸せってなんなのかな」
船の音に掻き消されるような小さな声で、私は自分の胸に問いかけた。
しかし答えが帰ってくる筈もない。私の脳で推測出来る答えとしては………やはり、家族に愛される事なんだけど。
いやいや絶対無理。あの父親と兄に愛されるとかとんでもなく難しい事でしょ。でもやはり、アミレスという少女が願うものはどんな結末を迎えようとそれ一つだけなのだろう。
──そもそも。六歳の時、皇族の社交界デビューと言われる程の大事な機会たる建国祭を病欠し、社交界はおろか表舞台に出る事を禁じられたアミレスは更に皇帝とフリードルに疎まれるようになる。
皇帝からは本格的に避けられ、近寄る事も完全に禁止される。フリードルからも同様に近づくなと言われるようになるのだ。
アミレスは本当に従順な子供だった。皇帝とフリードルに近づくなと言われてからは、見かけても遠くで礼をし、声をかける事を許されぬままただ二人の背中を見つめていた。
向こうから声をかけられる事などまず無いし、アミレスは陰で愛して貰えるように努力し続けるしか無かったのだ。
そんな人生を送っていて……十年ぶりとかにずっと会いたかった父親に呼び出され勅命を下されたら──例えどんな内容でも従うというもの。
まぁ、その建国祭の時点で私がアミレスになって考え方がぐるりと変わったから、そんな結末は迎えないで済みそうだけど。
はっきり言って私は皇帝とフリードルが嫌いだし、愛されたいとか全く思わない。あの二人の存在が最も私の命を脅かすものだと分かっているのだから当然だ。
でもこの体は…あの時誓ったアミレスとして幸せになるという目標は、皇帝とフリードルからの愛が必須なのだ。ああもうなんて厄介な! 最高難易度なのよそれが!!
もういっその事アミレスがヤンデレとかだったらなぁ……『お父様と兄様の死体とずっと一緒に!』とかそのタイプだったら迷わず殺せてたんだけど。
「はぁ………何で殺せないんだろうな、あの二人を…」
血よりも明るく赤い夕焼けを見上げ、嘆息をつく。
私は皇帝が
頭で色々と考えても、どれだけ『私』があの男達を強く憎もうとも、この体は──ずっと、皇帝とフリードルへの愛を叫び続ける。
どれだけ、どれだけ皇帝とフリードルを殺したいと願っても。
「…っ、なんで、許してくれないのよ……! なんで、お父様も兄様も……私は、殺せないの…っ!!」
この体はそれを許してくれない。どれだけ憎くて憎くて憎くても、私はあの二人を殺す事だけは出来ない。アミレスが、それを許してくれないのだ。
熱くなった目頭から涙が溢れ出す。震える両肩を掴んで身を小さくする。
何も家族に愛される事だけが幸せの形ではないのに。それなのにどうして貴女はそんなにもあんな家族に固執するの? どうして他じゃあ駄目なの? 貴女にとっての幸せは、本当に父親と兄に殺される事なの?
「私は…っ、死にたく、ないよ……! めいいっぱい長生きして、最高に楽しくて…幸せだったって、そう、最後に笑って死にたいの………! 散々嫌われて、利用されて、棄てられる人生なんて……そんなの嫌だよ…っ」
嗚咽と共に心情を言葉にして繰り出す。
最近になって、初めて死を実感して。私は、予想以上に自分の中に死にたくないという思いがある事を知った。
アミレスの悲運を知るからかもしれないが、絶対に死にたくないと…強くそう思う。誰かに殺されるのではなく、天寿をまっとうして意味のある人生だったと笑顔で死にたい。そう思うのだ。
それなのに──
「………なんで、私にはそれが…許されないのかなぁ……っ」
──
ああでも、もしかしたら…………あの結末だって。アミレスにとっては──ハッピーエンドだったのかもしれない。
私達からすればバットエンドでも、本人とってはハッピーエンドな、メリーバッドエンドだったのかもしれない。
だからアミレスは今になってこんなにも意思を見せるの? 皇帝とフリードルを殺さないでと…あの二人に愛されたいと、そう私に訴えかけるの?
私が、あの二人の存在を不要としたから──。
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