第112.5話ある精霊の失敗

「で、お前達は今から何をするつもりなのじゃ?」


 すやすやと小さく寝息を立てるアミィの傍に座り、緑の竜──ナトラが足を立て頬杖をついて聞いてくる。

 ……それにしても何をどうして竜をここまで手懐けるのか。アミィがすごく変わった子だというのは昔から分かっていた事だけれど、だとしても限度があるってものだろう。

 まさか竜を飼い慣らすとはな………まぁ、アミィの戦力が増えた事はたいへん喜ばしい事なので、良しとしよう。雌みたいだしね、ナトラは。

 ボクは一度エンヴィーの方を一瞥し、ナトラへの説明を任せて一時的に離席した。


「今から検証するんだよ。姫さんに俺達の権能が効くかどうか……今まで試してなかったって事でな」

「精霊の権能か………じゃがアミレスには我の権能に等しき呪いさえも効かなんだ。いくら精霊の権能と言えど効く保証は無かろうよ」

「だから試すんだよ。特に…これが効いたら一番良いのにな、ってやつを」


 エンヴィーからナトラへとこの後の検証の説明がなされる。そう、それが確かにネックなのだ。

 ナトラの言う通り、アミィには竜の呪いが効かなかったらしい。他にもアミィ自身の考察として、病や毒も効かない事から外来の有害なものは全て無効化されるのだろう。

 最初はボクもそれを聞いて、よっしゃ! と握り拳を作ったのだけど………改めて考えてみれば。


 ──それ、もしかしなくてもボクの加護の影響なのでは?


 ピシャーン、と。頭を電撃が走った気分であった。

 今まで一度も人間に加護を与えて来なかった為、ボク自身自分の加護にどんな効果があるか正確には把握していなかったのだ。

 病気になりにくく、そして怪我もしにくくなればいいなと思い六年前にアミィに加護をかけたのだが……まさか毒も呪いも病も効かないとはなぁ。

 アミィの死亡確率が下がったのだから喜ばしい事だ。ただ。

 それらが効かないと分かったアミィは確実に無茶をする。今回だってそうだったのだから。勿論、それは全く喜ばしい事では無い。

 さて、話を戻そうか。とどのつまり、アミィには竜の権能でさえも無効化する程の加護がかけられている。なので、精霊の権能が効果を発揮出来るか定かではない──。それが、ナトラの言いたかった事だろう。

 一応端末越しの話も聞こえるようにしていたからその会話はボクも聞いている。

 二人の会話に耳を傾けつつ、ボクは自室を出てある精霊の元へと向かった。……というか、まぁ、呼べば来るんだけどね。

 ただ呼ぶにしても広い場所でなければならない。片方は何かと派手で大袈裟に振る舞いたがるからな。ぶっちゃけた話、ボクの部屋に呼びたくないだけなんだよね。もう片方は…すぐに来てくれるかどうか分からない。


「命令だ──来い。ルーディ、ロマンスド!」


 大広間のような場所で大きな声で呼び出してみる。ここは屋根が丸く作られているからかよく声が響くのだ。

 ボクは二体の精霊の名を呼んだ。今回試そうとしている二つの権能の持ち主達である。


「──マイ・ロードがお呼びとあらばいつだって馳せ参じようとも! 嗚呼っ、今日も世界一の輝きだマイ・ロード!!」


 うるさ。耳に響く騒音と謎の紙吹雪と共に先に現れたのはルーディだった。揺らめく短めの茶髪に不自然な程真っ黒な瞳の男。元は顔の無い男だったのだが、近頃はいつか人間から奪った顔や瞳を使っているみたいだ。

 その騒々しさに紛れてもう一体の精霊が姿を見せる。


「──ふぁ、わ……っ、ねむ………」


 ぺたぺたと裸足で床を歩いて彼女は現れた。薄黄色の長髪を寝癖そのままに放置し、瞼を押し上げる事すら億劫そうな表情をしている。

 いつも着ている白の緩いドレスに抱き枕を抱えてやって来たのは、夢の魔力の最上位精霊ロマンスド。眠たいのか凄く目元を擦っている。

 絶対暫く待たされると思ったのに、ロマンスドにしては珍しくすぐに起きてここまでやって来たらしい。


「おや。眠り姫の君が起きているなんて珍しいね?」

「…………起きなきゃ、後で怒られる……か…ぐぅ…」

「結局寝るんだね! ここまで起きて歩いて来ただけでもとても珍しいけれども!」


 ルーディに話しかけられたロマンスドであったが、会話の途中で寝てしまったらしい。月に一度活動するかしないかのレベルでいつも寝て過ごしているロマンスドが、ここまで起きて歩いて来ただけで確かにとても凄い事なのだ。

 だからボク達は多くを望まない。とりあえずルーディにロマンスドを運ぶよう命令し、そしてボクは人間界へと繋がる扉を開いた。

 詳しい話は向こうでする、と伝えて。

 ルーディとロマンスドが人間界へ行った事を確認し、自室に戻る。


「おおお! こちらが例の我等がエストレラかい、エンヴィー? マイ・ロードのお気に入りだと言──っ」

「姫さんが起きんだろうが静かにしろ」

「…痛いじゃないか!」


 するとそこではルーディがアミィに興味を示し騒いでは、エンヴィーによって頭に手刀を落とされ苦痛から涙目になっていた。

 まぁいいか、とにかく話を進めよう。


「……それじゃあ本題に移るよ」


 ボクがそう告げると、精霊達はしんっ…と水を打ったように静かになる。ロマンスドも船を漕ぎながらではあるが、一応話は聞いてくれているようだ。


「ルーディとロマンスドにやってもらいたいのは──アミィの"死の運命の強奪"とアミィの"夢と精神への介入"だ。出来るか?」


 それぞれを見上げ、確認する。それらはルーディとロマンスドの権能であれば容易い事。

 アミィから死という運命を奪えたのなら、あの子を取り巻く不安や恐怖や悲惨な運命を全て取り除けるだろう。

 アミィの夢や精神へと干渉出来たのなら、あの子が何をどう考えて感じているのか、その真意を知れるだろう。

 だからこの二体を呼んだのだ。わざわざ人間界にまで連れ出して…アミィが眠っている間にこんな事を。

 我ながら最低な精霊だと思う。こんな暴くようなやり方、間違っている事は分かっている。それでもボクは知りたい、気になるんだ。

 アミィの事が大事だから。アミィにだけは苦しんで欲しくない、辛い思いをして欲しくない、死んで欲しくない。

 だからこそアミィの中にある矛盾を知る必要がある。あの子が少しでも生き長らえるように……いつでもあの子の助けとなれるように。

 そんな言い訳を並べ立てても意味が無い事は分かっている。だけど、やっぱりボクは──。


「…ねー、あるじさま」

「…マイ・ロード、すまない」


 物思いに耽けるボクに向けて、ロマンスドとルーディが口惜しげに呟いた。

 その声に引かれて二体の方を見上げると、


「そっちもかい、ロシー」

「…そっちも? ルー」


 ルーディとロマンスドは愛称で呼び合い軽く頷いていた。

 そして今度はボクに目線を合わせるように片膝をつき、ルーディが語る。


「マイ・ロードよ。ワタクシめに奪えぬものなど無いと、そう豪語していましたが──たった今、出来たようだ。我等がエストレラの死の運命はあまりにも強く、酷く彼女という存在に刻まれている。まるで……そう、既に何千回も死んでいるかのように。彼女エストレラには、今を生きる人間と思えない程に死が濃く付き纏っているようだ。それこそ、ワタクシめの権能をもってしても奪い切れぬ程に」


 それにボクとエンヴィーは目を見張った。何せルーディの権能は神やボクの許可さえあれば、ボク達の存在さえも容易に奪えるような凄まじい能力だ。

 そんな権能をもってしても奪い切れない程の強い死の運命が、アミィには待ち受けているのか? 何で、どうして?

 ボクの加護の影響では無く、その運命が強すぎて権能が意味を成さないなんて。そんな事があっていいのか?

 予想外の結果と報告に頭がぐわん、ぐわん、とおかしくなっていくようだ。しかしそこに更なる追い討ちがかけられる。


「……アタシも、同じ。あるじさまのお気に入りの、夢に干渉しようとして…………弾かれた。精神介入もほとんど同じ。たぶん、あるじさまの加護の影響じゃなくて、お気に入りの…本人の問題。アタシの権能でも、その子には精神干渉できない…みたい」


 ルーディに続きロマンスドまでもが権能の発動に失敗しただと? そんな馬鹿な。精神干渉を全て弾くなんて。

 そう前代未聞の事態に戸惑っていると、


「ん………でも、夢の方は…なんだろう、ただ弾かれたというか…追い出された? って感じ。それも、入口の前とか、序盤も序盤。あれ……なんだったんだろう」


 ロマンスドが疑問を口にした。すると今度はそれを聞いたエンヴィーが、


「どーゆー事なんだよ、姫さんには何で精神干渉も運命の強奪も効果が無いんだ…っ」


 頬に冷や汗を浮かべて忙しなく地団駄を踏む。まさか精神干渉も無理なんて………本当にアミィは何者なんだ?

 親指の爪を噛んで考える。今回の検証は失敗に終わった。そして恐らく、この手の検証はこれからも全て失敗に終わる事だろう。

 ああなんという事だ。ここに来て予想外の事実が判明するなんて! 本人が望むなら、もしもの時はアミィから死そのものを奪ってしまおうと──アミィを不死身にしてしまおうなんてこっそり画策していたのに。これでは不可能じゃないか!

 突然ちょっとした計画が破綻する事となってボクまでもが地団駄を踏みそうになる。それだけ内心ではかなり焦っているのだ。


「すまない、マイ・ロード……期待に添えなくて」

「ごめんなさいあるじさま」


 猫越しではあるが、ルーディとロマンスドはどうやらボクが相当焦っているのだと察したようで、申し訳無さそうに眉尻を下げていた。


「…いや、お前達は悪くない。これはアミィの事を見誤ったボクに非がある」


 お前達はもう精霊界に戻っていい、急に呼び出して悪かったな。と付け加えてボクはまた扉を開いた。

 ルーディとロマンスドはどこか後ろ髪を引かれる様子でゆっくりと精霊界に戻ってゆく。二体が通った事で扉は塞がれ消滅した。

 そしてボクは自室にて椅子に全身を預け、はぁああああ…と大きなため息を吐く。アミィへの精神干渉が不可能な事に関して、何が理由で何が原因なのかを突き止める必要がありそうだからだ。

 思い当たる事としては……初めて会ったあの日、アミィが記憶喪失に陥っていたと言う事ぐらいか? ボクがフォーロイトの名前を出した事を切っ掛けに色々と思い出したと言っていたあの時。

 アミィはめんどくさい家系に生まれた奇想天外な発想と確かな才能を持つ努力家だが、それ以外は至って普通の女の子だ。何もおかしい所なんて…無い、筈だ。

 妙に達観してるというか、子供らしくない素振りが多いものの、それでもやはり子供だなと感じるような場面も多々ある。

 そんな、精霊や竜の権能を無効化出来るだけの力や何かがアミィにあるなんて………想像もつかない。


「「はぁぁぁぁぁ……」」


 ボクがもう一度ため息を吐き出したのとほぼ同時。エンヴィーもまた、椅子にどっかりと腰を下ろして項垂れていた。

 そんなボク達の様子を見てついにナトラまでもが呆れたようなため息をつく。


「はぁ、結局何がしたかったんじゃお前達は…」

「悪かったな何も出来なくて」


 ナトラの理解出来んと言いたげな呆れの視線がこちらに向けられ、ボクはちょっとした苛立ちと恥ずかしさから悪態をついた。

 結局、この検証は失敗。それどころか新たな問題を増やすだけに終わってしまったのであった。

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