第112話帰りましょうか。

 暗い部屋だった。そこにはオセロマイト王国国王ランデルス・オセロマイトと王妃エリザリーナ・オセロマイトと王太子カリストロ・オセロマイトがいた。

 そしてその三人と対面するように立つは第二王子マクベスタ・オセロマイト。

 荘厳な雰囲気の中、彼等は家族として…王族として話していた。


「──その考えを変えるつもりは無いのだな」


 険しい面持ちのランデルスがマクベスタを一瞥する。

 マクベスタは真剣そのもの、といった瞳で真っ直ぐ自らの家族と向き合っていた。そして、マクベスタは深く首肯する。


「──オレはこれからも帝国に留まり、彼女の為にこの命を使うつもりです」


 それは彼が定めたこれからの人生そのもの。

 マクベスタの言葉からは並々ならぬ覚悟をひしひしと感じた。その為、ランデルスとカリストロはそれに異を唱える事が出来なかった。

 しかしこの時、エリザリーナがスっと立ち上がりゆっくりとマクベスタに歩み寄った。そして…。


「……マクベスタ。どうか、どうか…貴方が悔いの無い選択を出来るよう祈るわ」


 エリザリーナは優しくマクベスタを抱き締めた。久しく感じる事の無かった母の温もりに、マクベスタの頬が少しばかり緩む。


「……はい。母上」


 この時ばかりはただの子供らしく微笑みながら、マクベスタはエリザリーナを抱き締めた。いつの間にか母とほとんど背が変わらないぐらいまで成長していた己に驚きながらも、マクベスタは母の痩せた背中に手を回す。

 この家族は、とてもとても、仲睦まじかった──。



♢♢



 ほんの数日間という短い期間ではあったが、私達はオセロマイト王国を満喫していた。

 四月二十九日に、私達は帝国へと帰る。いやこの日だけは止めようよと…せめて一日ズラしましょう? と何度もマクベスタに訴えたのだが却下されてしまったからだ。

 マクベスタは語る。『一日でも早く帝国に戻りたいだろう?』と………確かにずっとこちらにお世話になる訳にもいかないし、一応手紙は出したがそれでもハイラもきっと心配している事だろう。だから確かに少しでも早く帰るべきだとは思う、思うんだけどね?

 この日は駄目だ。少なくともマクベスタ、貴方だけはここにいなくてはならないでしょう! そう心から訴えたのに。

 結局二十九日の昼には帝国に帰る事になってしまった。

 え? どうしてそんなに二十九日にこだわるかって?

 そりゃあ勿論──マクベスタの誕生日だからだ。だってマクベスタはオセロマイトの王子なのよ? 誕生日に祝って貰えた事がほとんど無い私とは違い、マクベスタはかなり国民にも愛されている王子だ。そんなの国にいなきゃ駄目でしょう!?

 それなのにマクベスタは二十九日の昼に帰ると決定した。もしやあの男、自分の誕生日を忘れているのではないか…? マクベスタなら有り得るわね、自分の事となると本当に無頓着だもの。

 だが私は忘れていない。何なら誕生日プレゼントも用意してるんだから! まぁでもそれは帝国にあるので今手元に無い。じゃあどうやってプレゼントを渡すんだと。

 だが私はちゃーんと考えているのだ。そう、その方法とは!


「はい姫さん、これで合ってますかい?」

「師匠〜〜〜っ! ありがとう、マジ神!!」


 師匠に頼んで取ってきて貰う──つまりお使い作戦デェス!

 二十八日の夜、師匠がお使いから戻って来て、街に初めて出た日に買ったハンカチーフとティーカップと茶葉が入ったお洒落な木箱を手渡してくれた。

 お陰様でマクベスタに無事にプレゼントを渡せそうだと安堵していると、師匠が苦笑いを浮かべて。


「褒めてるってのは分かるんすけど……俺達精霊に向けて神って言うのは控えめに言って喧嘩売ってるようなものなんで、これからは気をつけて貰えたら助かりますわ」

「え。神って言っちゃ駄目なの…?」

「精霊の嫌いなものは一に神、二に魔族、三に妖精って感じですからね。精霊の中でもシルフさんとかは特に神々が嫌いなんでね、絶対あのヒトには神って言わないよーに」

「はぁい……師匠、不快な気持ちにさせてごめんなさい」


 まさかの事実に謝ると、師匠は「知らなかったんだから仕方ないっすよ、これから気をつけて貰えればそれで」とはにかみながら私の頭を撫でた。

 しかし、精霊さんって言えば神の使徒でしょう? それなのに神々が嫌いって……きっと私には理解しきれないような理由と背景があるんだろうな。

 ちょっと待って………神の使徒って前にも師匠に言ったわよね、私。確かミカリアへの手紙を師匠に頼んだ時に──


『あの結界は対人・対魔の効果しかないから、神の使徒たる精霊の師匠にはなんの影響も無いかと』


 ──ってめちゃくちゃ言ったわよね? しかもその後で師匠、『神の使徒ってのはちょっと不本意だが』って全然普通に言ってたわよね!? なぁんで気づかなかったんだ私!

 やばいどうしようこれまででシルフにも神って言葉使ってたらどうしよう……!!


「し、師匠…前にも師匠の事を神の使徒とか言っちゃったよね、本当に重ね重ねごめんなさい………」


 色々とやっちまったと理解した私はもう一度師匠に謝罪した。無知であるという事が免罪符になるかと問われれば、答えは否であると私は考える。

 無知であろうとなかろうと、それが過ちや罪であると理解したのならきちんと償うべきだと思う。

 無知である事そのものが恥なのではなく、無知であるが故に誤った発言や行動をしてしまう事が恥になるのではと私は思う。あくまでも自論だが。

 だから私はきちんと謝りたい。間違った事をしたと自覚したのなら謝る。例え私が氷の血筋フォーロイトの人間であろうと、それが人として当然の事だと思うから。

 …まぁ、この現帝国唯一の王女なんて立場の所為で、人前で軽率に謝る──頭を下げてはいけないんだけどね。威厳とか体裁がどうのって話らしい。

 今はプライベートな場なので全然普通に謝るが……ここが公の場などであったならば謝る事は出来なかったかもしれない。

 本当に窮屈な世界だよ、貴族社会って。


「え? あぁ、あの時の。別にいいっすよ、姫さんだから全然許しますとも」


 師匠がニッと歯を見せて笑う。他の人間なら許さなかったけどな、なんて副音声が聞こえるような気もしなくは無いが、これはきっと私の歪んだ心の起こした幻聴だろう。師匠がそんな事言う筈がないもんね。

 そんな歪んだ私の心は、師匠の明るくて眩しいその笑顔に浄化されるようだった。

 そして来たる二十九日。私は前もってシルフとナトラに、日付けが変わる頃にちょっとマクベスタの所に行くと伝えていたので、日付けが変わる十分程前にはナトラとシルフと師匠と共に部屋を抜け出してマクベスタの部屋へと向かった。

 ちなみに、相変わらずイリオーデが不寝番をすると言っていたのだが…師匠が『お前、ここ暫く寝てねぇだろ? ちゃんと寝ておかねぇといざと言う時体が動かせなくなるぜ』とその役目を変わったので、イリオーデは今頃ちゃんと休んでくれている事だろう。

 イリオーデに限らず皆休みたいだろうし、マクベスタのお祝いは私一人で行くよ? と言ったのだが、『こんな夜中に一人で行かせる訳ないでしょ!(男の部屋に一人でなんて……っ!)』とシルフが過保護になったので一緒に行く事に。

 別にもう無茶な事はしないしもし侵入者や刺客が現れてもちゃんと応戦するのになぁ………本当にシルフは心配性だ。

 なんて事を考えつつ、留守番は嫌だと言ったナトラと、シルフに巻き込まれた師匠と共にマクベスタの部屋の前まで歩いてゆく。

 暫し懐中時計を眺め、そして日付が変わった瞬間。私はマクベスタの部屋の扉を叩いた。


「……ここまで来てから言うのもアレっすけど、マクベスタが寝てたらどうするんですか姫さん」

「………その可能性は考えてなかったわ…」

「本当に変な所で詰めが甘いね、アミィは」


 ここに来て師匠が不安になるような事を言い出した。確かに今夜中だし、真面目なマクベスタの事だもの……健康的に眠っていてもなんらおかしくは無いわ。

 どうしよう、無駄足になったら。と不安になっていると部屋の扉がゆっくりと開かれて。


「一体誰……って、アミレス。それに師匠達も。こんな時間にどうしたんだ?」


 中からは随分とラフな格好で前髪を下ろしているマクベスタが出て来た。

 いつも前髪を上げて整えられている分、こうして無造作に下ろされている髪型はとても新鮮で…なんだかいつもより幼くも見えた。

 っと。こんな呑気に感想を述べている場合ではない。私は後ろ手に隠していた木箱をマクベスタに向けて差し出して、お祝いの言葉を伝えた。


「誕生日おめでとう、マクベスタ!」

「──オレの、誕生日………」


 マクベスタはパチパチと何度かゆっくり瞬きをして、おずおずと木箱を受け取った。そして木箱に視線を落としながらボソリと呟いた。


「なんじゃ、誕生日とは」


 するとナトラが私の袖を引いてそう尋ねてくる。竜には誕生日と言う概念が無かったのかもしれない。


「誕生日っていうのは自分が生まれた日の事よ。生きている間は毎年、また一つ歳を重ねたねってお祝いして貰える日なの」

「ふむ……じゃからあやつは贈り物を貰っておるのかえ。のぅアミレスよ、我の誕生日はいつじゃ?」

「えっ、いつだろう…」


 ナトラが期待に満ちた目でこちらを見上げる。うーん、可愛い。ナトラの希望からツインテールに添えられた四色の花飾りも相まって、どこからどう見てもたいへん可愛らしい幼女だ。いや、最早花の妖精のようにも見えるぞ。

 そんなナトラの期待には応えたい……が、本当に知らない。ナトラがいつ生まれなのかマジで知らない。この場合なんと答えたらよいのか…!!

 そう困り果てていた時、シルフが助け舟を出してくれた。


「…ちなみにボクとエンヴィーは誕生日が無かったから、アミィと初めて会った日を誕生日にしてるよ」

「ほう? つまり我がアミレスと初めて会うた日……数日前を誕生日にすれば、贈り物を貰えるのじゃな?」

「まぁそう言う事かな。贈り物を貰えるのは来年以降のその日にだけどね」


 シルフの助け舟のお陰もあって、ナトラの誕生日は初めて会った数日前……四月二十五日と言う事になった。

 これにて一件落着と胸を撫で下ろした私であったが、ここで本題を思い出す。そもそもここに来たのはマクベスタの誕生日を祝いに来たのであって、決してナトラの誕生日を決める為に来た訳ではないという事を。

 ナトラの誕生日も大事なのだけれど、とりあえず今一番大事なのは今日の主役だ。

 慌ててマクベスタの方を向くと、マクベスタは細められた目で木箱を熱く見つめながら片手で口元を覆っていた。


「…マクベスタ?」

「っ、す、すまん。まさかプレゼントを貰えるだなんて思ってなかったんだ。それも日付が変わってすぐにとは……」


 どうしたんだろう、と思い声をかけたら、マクベスタはハッとなりながらこちらを見てはにかんだ。


「ごめんなさい、こんな夜分遅くに押しかけて……どうしても一番最初にお祝いしたくて」


 だってマクベスタと仲良くなってから初めての誕生日だから。そう、伝えると。


「そう、か……それは本当に嬉しいな。お前が一番に祝ってくれてオレも嬉しいよ。本当にありがとう、アミレス」


 嬉しさや喜びがひしひしと伝わってくる笑顔を彼は浮かべた。この場にうら若き乙女達がいたならば、確実に落ちたであろうドキドキするような笑顔だ。

 マクベスタってこんな風にも笑うんだなぁ…とつい見蕩れていると、私の肩に乗っていたシルフが突然その肉球を私の目元に押し付けて来て。

 咄嗟に目を閉じたから何も見えない。分かるのはぷにぷにと目元に伝わる肉球の感触だけだ。


「し、シルフ…見えないっ、何も見えないんだけど!?」

「何も見なくていいからねぇ。よし帰るぞエンヴィー、もう撤収だ」

「はいはーい。姫さんは俺が抱えて行くんでシルフさんそのままでお願いしまーす」

「帰るのか。ならば我も帰る」

「え? ちょっ…あの皆さん?! 状況が良く分からな──っひゃあっ?!」

「はーい帰りますよー姫さん」


 何も見えておらず余計に冴える耳で聞き取った会話。それによって知らぬ間に私は部屋に戻る事になった。

 何だかよく分からないまま戻る事になって、とりあえず説明を求めようとした所で、師匠と思しき手によって私は軽々持ち上げられる。

 なんと恐ろしい事に、横抱き………いわゆるお姫様抱っこと思われる持ち方で。

 相変わらずシルフの肉球によって私の目は塞がれたままでどれだけ歩いたのかも分からない。せめて、せめて別れの挨拶ぐらい言わせてよ! と言うか何で急に戻る事になってるの!?


「マクベスタっ! おやすみなさい!!」


 夜中だと言うのに、恥を捨ててとにかく大声で叫んだ。

 すると私の近くから「そんなの言わなくていいよアミィ」とか「姫さんって本当に律儀っすね……」とか精霊さん達の囁きが聞こえてくる。

 しかしそれだけでは無かった。


「──おやすみ、アミレス!」


 遠くの方から微かに聞こえてくるマクベスタの声。それと同時に聞こえてくる誰かの舌打ち。

 今の舌打ちは一体誰が………と推理パートに入っているうちに部屋に着き、あれよあれよという間に私はシルフによって寝かしつけられてしまったので、結局、推理パートは完結しないままだった……。

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