第105話氷結の聖女4

 そして食事を終え、マクベスタに城を案内してもらってると修練場なる場所に到着した。帝国に来る前のマクベスタがよく剣の特訓を行っていたのだそう。

 こういう広い場所を見ると、剣を振りたいと心がうずいてしまう。そうやってソワソワしていると、どうやら師匠にそれが見抜かれてしまったようで。


「姫さん、あの剣に名前とかつけてないんすか?」


 後ろからこちらを覗き込むように腰を曲げ、師匠がそう聞いてくる。つけてないよと首肯すると、師匠は「じゃあアレを思い浮かべながらつけてやってください」と微笑んだ。

 名前を付けるのはいいんだけど、でもどうして急に? と不思議に首を傾げつつ愛剣の名前を考える。

 今も部屋に立てかけられている我が白銀の長剣ロングソード。師匠からあの剣を頂いてからというもの、ほぼ毎日触れている愛剣。

 そういえば、どうして私はあの剣に名前を付けてこなかったのだろう。散々魔法にカッコイイ名前を付けてきたのに、何故あの剣にだけ……。

 うーん、白銀の剣だから白銀しろがねとか? いや流石に安直すぎるか。

 精霊さんに貰った剣だから精霊剣エレメンタルソードとか………いや結局安直だし何よりダセェな…。

 いい案が思いつかず苦悩する。そんな時、私はある事を思い出しハッとした。

 そう言えば、ゲームでフリードルが使っていた剣の名前……確か『極夜きょくや』だったよね。黒い刃の魔剣、極夜──その黒い刀身とフリードルの薄明時の如き青の瞳から名付けられたもの(公式ファンブック参照)。

 何かと月やら夜空やらと夜に例えられる事の多いフォーロイトの容姿に相応しい名の剣。

 それを思い出した私は、一つの名を脳裏に思い浮かべていた。


「──白夜びゃくや


 極夜の対に位置する言葉。フリードルと敵対するつもりでいる私の愛剣につけるにはぴったりの言葉。

 きっと、白銀の長剣ロングソードにも合うことだろう。

 そう愛剣を思い浮かべながら名付けると。突然目の前に愛剣白夜が出現した。

 チカチカと星が瞬くような輝きを纏いつつ、白夜は慌てて出した私の両手にすっぽり収まる。慣れ親しんだ重さに私は混乱する。


「えっ、えぇえ!?」

「ちゃんと来たみたいっすね、良かった良かった」

「あの師匠? これどういう事か説明してもらっても?!」


 白夜を手に師匠に詰め寄る。師匠は白夜を指さして、


「それ、人間界で言う所の魔剣なんすよ。作られたのは精霊界ですけどね。名付けをすると所有者との魔力の繋がりみたいなモンが出来るんで、姫さんが名を呼ぶだけで姫さんの手元に召喚されるんですよ、その剣は」


 だから必要な時は名前呼べば一発っすよ! と師匠はサムズアップする。

 てか今魔剣って言った? 確かに不思議な剣だとは思ってたけどまさか魔剣だったなんて!! 魔剣と言えば世界中探しても数える程しか無いって噂の、れっきとした古代の魔導兵器アーティファクトだ。

 その一つ一つに上級魔法を超える固有能力が備わっており、ものによっては国宝、伝説の武器として扱われる程。

 古代にはもっと多くの魔剣があったそうなのだが、百年程前に竜種の討伐で凄まじい量の魔剣を犠牲にした為、現代においては簡単に数えられる程しか存在が確認されていない。

 極夜はそもそもフォーロイト帝国が王城の地下に長くに渡り封印されていた代物であり、フリードルが十五歳の誕生日を迎えた際に封印を解く──かの有名な聖剣のようにその魔剣を抜いた事により、フリードルの物となった。………と、公式ファンブックに書いてあった気がする。

 魔剣としての能力は絶対零度。斬ったもの全ての温度を消滅させる。フリードルはこの極夜を携え、ハミルディーヒ王国の戦士達を次々に惨殺し、ついでにアミレスを斬殺した。

 ちなみに魔剣は所有者が意図して使わない限り固有能力も発動しないらしい。だから今まで私の愛剣には何も起きなかったのだろう。

 さて、そんな極夜と同じ価値を持つ魔剣が今、私の手元にある。

 衝撃の事実に思わず震える手。白夜に視線を落として固唾を飲むと。


「その剣の能力は重量操作で、出来る事は軽くする事と重くする事だけっすね。まぁ簡単に言えばアレっすよ、姫さんの意思一つで撫でられたような軽い一撃にもなるし雷に貫かれたような重い一撃にもなるって事ですね」

「そんな便利な………」

「能力試しに一試合やりますか?」

「っ!」


 呆然としている私の肩を叩いて、師匠がニッと笑う。

 それに何度も頷いていると、シルフやリードさん達が止めようとしたのだが…その時にはもう師匠の手を引いて自ら修練場の中心へと走って行っていた。

 皆の制止も聞かず、私は「軽く試合するだけだから!」と告げて白夜を構える。

 師匠もまたどこからとも無くお気に入りらしい剣を取り出して構えた。そして。


「師匠…お覚悟を!」

「能力のお試しですから初撃は受け止めるんで、どっからでもかかって来なさいな」


 強く地面を蹴る。用意してもらったヒールやドレスが汚れてしまうだろうが、今は気にしない。後で弁償すればいいだろう。

 そして師匠を間合いに捉え、まず一撃、めっちゃ重くなれと思いながら振り下ろす。

 しかし師匠は飄々とそれをいなす。次は師匠の攻撃だった。いなした際の動きの流れで横に一薙。すんでのところで後ろに退いて避けた。

 師匠の攻撃はとにかく早い。注視してなければ見えないぐらいに早く強い。視認してからギリギリ避けられるかどうかぐらいで、一瞬の躊躇が死に繋がるような相手だ。

 だから躊躇う訳にはいかない。このヒト相手に下手な心理戦など不可能。今私に出来る事と言えば、とにかく突っ込む事ぐらいだ。


「うぉっ、何々ィ〜? 剣戟を繰り広げようって感じっすか?」

「まぁそんな感じ、ねっ!!」


 剣を振って避けて突いてしゃがんで弾いて飛んでいなして押さえての剣戟。

 効果があるかよく分かってないが白夜にはめっちゃ重い感じでと指令を出し続けている。相手が師匠だから何も分からないのだが。

 このままずっと剣戟を続けていれば私が負ける事は確実。だがせっかく師匠と試合が出来るんだ、どうせなら勝ちたい。

 その為にすべきは早期決着。どうにかして師匠を出し抜かねば………!


「……師匠、ありがとうございます」

「急にどうしたんすか姫さん。試合中なのに気ィ抜くなんて珍しい」

「ただ……この剣をくれてありがとうって言いたくて」

「そこまで言って貰えるなんて。姫さんの為に用意した甲斐がありましたわ」


 攻防一体の斬り合いをしながら師匠と話す。そして私は、白夜に込めていた全ての力を一気に抜いた。それにより一進一退の攻防は師匠優勢となり師匠の剣は私の肩めがけて振り下ろされる。

 師匠は突然の事に驚愕しつつも攻撃をやめようとするが、その直前に私が下から剣を振り上げて、師匠の剣を上空に弾き飛ばした。

 師匠はどうしてか特訓でも私を無闇矢鱈と傷つけない。その性格を利用した汚いやり方だ。

 そして弾き飛ばされた剣が後方にて地面に突き刺さる。ポカーンとしていた師匠だったが、瞬く間に「くっははは!」と楽しそうに笑い出して。


「いやぁ…一本取られましたよ姫さん。まさかあんなフェイントを仕掛けてくるとは」

「師匠に勝つならある程度汚い手を使うしかないと思って」

「だとしても凄いっすよ、流石は俺の弟子だ!」

「わっ! ちょっと……せっかく侍女達が整えてくれたのに」


 とても嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、わしゃわしゃと私の頭を撫で回す。

 その時だった。視界の端に凄まじい速度で飛来する猫が映ったのは。


「猫キック」

「いっだぁっ!? 何するんすかシルフさぁん!!」

「アミィに馴れ馴れしい男にはどんどん牽制する事にした」

「別に俺は良くないですか?!」

「死にたいなら今すぐ殺してやるけど」

「死にたくないですけど!! てかそれ地味に痛いです!」


 その猫は師匠の横顔に華麗な飛び蹴り猫キックを食らわせた後、衝撃で倒れてしまった師匠の顔に更なる殴打猫パンチを繰り返していた。

 流石に師匠が可哀想なので途中で猫シルフを抱き上げて回収する。あんまり虐めちゃ駄目だよとシルフに小言を言いつつ、剣を鞘に収めて皆の元に戻る。

 おまたせ〜と告げたものの、皆の反応は芳しくない。これはアレだ、案内の途中なのに自分勝手な行動をしたから皆怒ってるんだわ。

 それに気づいた私はその後の案内の時間はとても静かにしていた。もう自分勝手な行動はしません。団体行動をします。と肝に銘じて皆と一緒に歩いていた。



♢♢



 美しい銀色の波打つ髪に夜空の如き寒色の瞳を持つ王女。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花──まさにそのような存在。同年代の少女と話す姿はどこにでもいる普通の子供のよう。

 キラキラとした顔で剣の師匠の手を引いて走り出した少女は、良くも悪くも氷の血筋フォーロイトらしくない王女だった。

 しかし。その印象は一瞬にして覆される。

 白銀の長剣ロングソード白夜を構えた瞬間。王女の纏う空気が、その表情が、まるで凍てついたかのように無に染まる。

 それまでの年相応の態度がまるで嘘だったかのように、王女は化け物じみた戦闘能力を発揮していた。

 安定しないヒールと動き辛いドレスでの戦闘にも関わらず、王女はその研ぎ澄まされた剣術とつい先程知ったばかりの魔剣の能力で精霊相手に善戦していた。

 話には聞いていたものの、実際には初めてアミレスの剣の腕を目の当たりにした者達は言葉を失っていた。

 それは何故か──その少女が氷の血筋フォーロイトなのであると再認識したからであった。


「言っただろう、アミレスはオレよりもずっと強い。彼女は正真正銘の天才なんだ」

「ああそうだね。アミィは恐らくあの一族の中でも一番の天才だよ……皮肉な事にね」


 放心する大人達に向けてマクベスタが言葉を放つ。それに続くようにシルフが呟く。

 それは大人達の心に深く刺さった。昨晩聞いたばかりの彼女の境遇、努力する理由、それを知る彼等は思い悩む。

 ──あれ程までに強くなった理由が身内に殺されないが為だなんて。と………。

 今も遠くに見えている、戦うかの少女の横顔は彼等彼女等の知るものとは大違いであり、心理的にどこか遠くに感じさせてしまう事となる。

 しかし。それが更なる決意のきっかけとなった。


(強くなりたい。アミレスを一人で戦わせない為にも、オレは強くならなければ)


 マクベスタが胸元で拳を強く握る。


(王女殿下があれ程にお強いと言うのに、私は……なんという体たらくか)


 イリオーデは剣の柄に手をかけて悔しそうに頬を歪めた。


(……人並みの幸せを望む少女の為に頑張る、か………)


 リードはとある少年に持ち掛けられた提案を思い返した。


(アミレス様はきっとこれからも沢山危ない事をするだろう。だからその時、わたしが役に立てるように……せめてアミレス様の身代わりになれるぐらいには、強くならないと)


 メイシアは義手にそっと触れつつ身代わりになると決めた。


(大人への甘え方も頼り方も知らねぇガキが頼りたくなるような大人にならねぇとな……)


 そしてディオリストラスが強く決意する。心理的に遠ざかった背中ではあったが、彼等彼女等にとってはその背中までの道も何ら苦ではなかった。

 何故ならそれは──彼等彼女等にとって心より大事に思う相手の未来を守る事だから。

 この後見事精霊より一本取ってみせたアミレスが上機嫌に「おまたせ〜」と戻って来た時は、それぞれが考え事に耽っていた為返事が出来なかったのだ………。



♢♢



「少し宜しいですか、姫君」


 案内の途中でシルフの希望から城の大書庫に案内され、皆それぞれ自由に見て回っていた時だった。

 ちなみに師匠は火の精霊だから念の為にと自ら書庫に入らない事にしていた。そしてメイシアもそれに付き添い外で待っている。

 シルフは何やら調べたい事があるらしくマクベスタに本の捜索をさせている。

 私も気になる本を見つけて手に取っていたそんな時、ミカリアが声をかけてきたのだ。手に取っていた本を本棚に戻して彼の方を見る。


「はい、なんですか?」

「僕はもうそろそろ神殿都市に戻らなくてはならなくて……なので最後にもう一度姫君とお話をしておきたかったのです」

「もう戻られるんですか」

「大変名残惜しいのですが、遅くても今夜には戻らなくてはならないのです。僕としては姫君ともっと時間を共にしたかったのですが、神殿都市もかなり立て込んでまして」


 窓から射し込む夕陽が彼の微笑みを照らす。本当に名残惜しそうなその顔を見て、私はつい、彼の手を握っていた。聖人相手にこんなの失礼かもしれないが。

 どうしてこうしたのか分からない。分からないけれど、どうしても彼に言いたい言葉があったのだ。

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