第84話オセロマイト王国にて3
そして私達は貴賓室に案内された。道中での私へ向けられた畏怖の視線にはもう慣れた。
貴賓室で上手側の
真剣な面持ちでオセロマイト王が口を切った。
「改めて、よくぞ我が国まで来て下さった。その事にまず、心より感謝申し上げる」
「そんな。感謝は全て終わってからにして下さい、王よ」
小さく頭を下げたオセロマイト王に向け、私は早く顔を上げてくれと暗に促した。
顔は上げてくれたものの、オセロマイト王は俯いたまま口惜しげに眉間に皺を作った。
「だが…これまで何にも助けを求められなかった。求めても応えて貰えるとは思わなかったのだ……そのような中死の危険すらある現地にまで果敢に駆けつけて貰えた事が、既に我々の心に深く響いておる。だからこそ、まずその事に謝辞を述べさせて貰いたいのだ」
その言葉に私は少し考えさせられた。そりゃあ誰だって自分が可愛い。命の危険があると分かっていて、自らその渦中に飛び込もうとは考えない。
だがそれでも私達は来た。もし私がオセロマイト側の立場であれば、確かにその行動だけでもありがたく感じるかもしれない。
そう考えるとオセロマイト王の感謝の姿勢を無下にしてもいいものなのかと…そう思い始めたのだ。
「……分かりました、今一度貴方様の言葉を聞き入れます」
悩んだ末に出した答えは、オセロマイト王の謝辞の言葉を聞くというものだった。
こういった場合、ありがとうと言わせて貰えるのと貰えないのとでは肩の荷の重さが断然変わるものだと考えたからである。
「…本当に、有難う……フォーロイト帝国の姫君よ…!」
オセロマイト王は膝に手を付き深く頭を下げた。
すると突然、隣に座っていたマクベスタまでもが頭を下げだしたのだ。
「オレからも言わせて欲しい。オセロマイトに来てくれて…行くと言ってくれてありがとう、アミレス」
「えっ、あ、その………はぃ…」
それに戸惑った私はコミュ障みたいな反応をしてしまった。その時、貴賓室の扉がバンッと開け放たれた。
そこには青年が立っており、彼は大きく肩を上下させながら慌ただしく入室したのだ。
「マクベスタ! どうして帰って来た……っ、待て、銀髪に青系統の瞳…?!」
しかしその青年は私の姿を見て足を止め、パクパクと魚のように口を動かしながら体を震えさせていた。
マクベスタよりも少し薄い黄土色の髪に、黄緑の瞳。少し平凡さは感じるもののマクベスタと似た整った顔立ちとくれば、彼が誰だか予想がつく。
「……マクベスタのお兄ちゃん…」
私がボソリと呟くとマクベスタが残念そうな顔つきで、
「…うちの兄がすまん、普段はここまで失礼では無いのだが……」
と小さな声で反応した。どうやら普段はちゃんとした人らしい。
そして未だ銅像のように固まり続けるマクベスタ兄を見て、オセロマイト王が「ンンっ」と咳払いをすると、マクベスタ兄はハッとしたように腰を折り曲げた。
「これは失礼を。私はカリストロ・オセロマイト、オセロマイト王国の王太子です。この度は遠路遥々よくぞお越し下さいました、アミレス・ヘル・フォーロイト殿下」
額に冷や汗を浮かべつつ、マクベスタ兄ことカリストロ・オセロマイトはそう名乗った。
カリストロ王子はその後おずおずとオセロマイト王の隣に座り、戸惑いを浮かべつつ「それで、どうして帰って来たんだ」とマクベスタに話を振る。
マクベスタが送られた手紙を見て帰って来た事を話すと、カリストロ王子ははぁぁぁ…と大きくため息を吐いて項垂れた。
やはりあれは皇帝に宛てて出した手紙であり、マクベスタの元に届いた事がイレギュラーだったようだ。しかしそのお陰で私はオセロマイトの破滅に間に合ったので、個人的には嬉しいイレギュラーだ。
ありがとう門番の衛兵、あの手紙をマクベスタに渡してくれて。と名も知らぬ衛兵に感謝していた所、話題が一気に変わった。
「アミレス王女殿下、具体的にはどのような事をするおつもりなのか教えていただいても? 我々でも何か力になれるかもしれませんので…」
カリストロ王子がそう切り込んでくる。なので私は彼に向けて感染予防の徹底を頼んだ。
その概要だけ話すと今度はオセロマイト王が興味深そうに「具体的には?」と聞いて来た為、私は具体的な予防法について説明した。
「まずは手洗いうがいの一般化ですね。勿論どちらも綺麗な水で行う事が理想的です。これにより手についた菌を洗い流す事が出来て、うがいによって口内の汚れを吐き出せるのです」
簡単な説明をした所、オセロマイト王達は「うがいとは…?」と首を傾げていた。手洗いもだがそれ以上にこの世界にうがいと言う行為は存在しないのだ。
これは骨が折れるかもしれないと思いつつ、私はいざ説明に挑んだ。
「うがいはですね……カップ一杯分程の水を口に含み、上を向いて大きく口を開きガラガラと言います。十五秒程それを行ったらどこか近くの地面とか排水目掛けてその水を吐き出して下さい。以上です」
これ以上どう話せばいいの? と思いつつ一連の流れを説明すると、予想通りオセロマイト王とカリストロ王子が目を白黒させながら、
「それで本当に病を予防出来るのか……」
「はしたないのでは…?」
とたまげていた。まぁ予想通りだ。なので私は事前に用意しておいた言葉を返す事にした。
「慎みで命が守れるのならこんなのやる必要無いんですよ。感染予防対策もろくに無く命を守れてないからやるんです。はしたなくて結構、どんなに醜く滑稽でも生きてりゃ丸儲けですからね!」
数分ぶりに、フォーロイトらしく高説を垂れる(フォーロイトらしくとは??)。
とは言え
今は最早どうしようもないが、とにかく未来の為にこう言った知識を広めるっきゃないのだ。
「後は…飛沫感染の対策ですけど、とにかく口元を布で覆って下さい。できる限り繊維の細かいもので。そうですね……シャンパー商会に頼めば多分用意してくれますよ、あの商会本当に凄いですし。空気感染は換気、粘膜感染は人と接触しない。これだけである程度は対策出来るかと」
返事を待つのも面倒になってきたので、私は記憶の引き出しを次々に開けてその中身を見ていく作業を始めた。
その中から感染症に関する僅かな知識だけを総動員し、こうしてぶつぶつと話し続けているのである。
「他にも犬や鳥や鼠と言った家畜や動物が感染方法の場合もあるので、これからは何らかの感染者が出た際にはその感染経路を調べ尽くして下さい。伝染病の予防と対策はこれで………治療はもう大司教とかに頼むように。その方が確実です」
一通り話し終えた所でふぅ。とため息をついて周りを見ると、何だか皆の視線が私に集中していた。中でもオセロマイト王とカリストロ王子のそれは畏敬に近いものだった。
「………その若さでそれ程の知識をお持ちで…」
カリストロ王子が視線を動かす事無く呟いた。
するとそれに続くようにオセロマイト王が頷き、
「…あぁ………流石はフォーロイトの血筋…やはり天才なのか…」
と瞳をぎゅっと伏せた。いや私忍びじゃないです。
更にはマクベスタまでもが父兄のノリに続き、
「何処でそのような知識を………」
と驚嘆している。前世ですなんて言えない。
前世の知識を活用したらこうなるのは分かっていた事だが…まさかここまでとはな……。
とにかくこの空気を変えるべく、私はパンっと手を鳴らし、強引に話を進める。
「とにかく。以上の事を"可及的速やか"に国中に広めて下さい。健やかに生きたいのなら恥を捨てろと言いながら。しょうもないプライドで死にたいのであれば、それはもう個人の自由ですよとも言ってあげてください」
その営業スマイルの圧に負けたのか、カリストロ王子が「ッはい!!」と突然立ち上がり走って部屋から出て行った。私達はその背中をただ静かに見つめる事しか出来なかった。
その後マクベスタが「……普段はああでは無いんだが…」とボソリと呟いたので、私は「事態が事態だから…」となんとかフォローした。果たして意味があったのかは分からないが。
そして残されたオセロマイト王が慌ただしくて済まないと謝ってきたのでそれに大丈夫ですと返し、私達は更なる話に踏み込んだ。
それはどうやって
私だけは根絶法を把握しているものの、治し方はまだ定まらない。とにかくリードさんとシャルに当たって砕けろ作戦をしてもらうしかない。
もしそれが効果ありと分かったのなら、ワンチャン来てくれるかもしれない国教会の大司教と共に治癒して回って貰いたい。
でもさ、呪いって普通はその大元が何とかなれば自然と消えるものよね…じゃあやっぱり、私が緑の竜を何とか出来れば
まぁその何とかするまでの間、感染者達を救うのを任せる形で構わないか。
と脳内で一人で完結させたが、これは話す訳にはいかない事項なので…オセロマイト王には今後の動きとして、
「こちらのリードさんとシャルルギルが病の治癒が可能と思われるので、ひとまずはそれで様子を見ようかと。その間に私は原因の根絶を目指します」
と説明した。オセロマイト王もこれに了承し、
「ではこちらでも出来うる限りの支援をさせて頂く」
と早速動き出してくれた。その後私達はここの大臣の案内で、体が衰弱し身動きの取れなくなった重症患者が集められた歌劇場という場に案内された。
その道中で大雑把な感染者数の推移等を聞いていたのだが、最初の感染者が現れ始めた一ヶ月後から爆発的に死亡者数が増えたのだと言う。しかしまたそれは落ち着き、その一ヶ月後にまた同様に増加したとか…。
そしていざ歌劇場に到着すると、想像以上の感染者達が力なく横たわっていて……その近くでは感染者達の世話をする担当らしき人達があちこち駆け回っている。
話には聞いていたものの、確かに身体中に植物のツタのような痣が浮かび上がりどんどん衰弱していっているようだ。
…これが
確かこれ人体が接触するだけで
「っ、二人共! 治す為でも感染者の体に直接触れちゃ駄目! 絶対、手袋を着けた状態じゃなきゃ触っちゃ駄目だからね!?」
この土地に立つ時点でいつ呪いが芽吹くかも分からない状態ではあるが、私の推測が正しければ…爆発的な感染者の増加は呪いであるが故の事象だ。
呪いが進行した段階のまま他者に伝播するのだとしたら。死亡者数が爆発的に増加する時期が不定期に来ていた事にも納得出来る。
呪いは病ではない。そしてここは割となんでもありのファンタジーな世界だ。その為、進行した段階のまま他者に伝染る可能性がある………。
だからこそ、もしここで重症患者達から呪いを受け取ってしまえば……彼等も一気に重症に陥る事だろう。
「分かった、王女様がそう言うのならそうする」
「…成程。触れるだけで人から人に伝染るタイプなんだね、この病は」
すぐに私の言いたい事を理解してくれた二人にホッとしつつも、大臣に未使用の手袋は無いかと尋ねると、人数分を急いで用意すると言って大臣は駆け出した。
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