第55話俺は理由を知った。
あの一件の後、警備隊と協力して夜通しガキ共を家まで送ったりする事約一日。ある程度家まで送ってやれたんだが、中には親に売られたガキや孤児のガキもいて……そいつ等には帰る家が無いと問題になった。
警備隊の方でも、勿論俺達の方でもどこかガキ共を受け入れてくれそうな施設は無いかと探す事になった。
…が、あの件の二日後。俺達は全員まるで死んだように休んでいた。
何せ昨日一昨日だけで久々の実戦に帝都を東奔西走、ガキ共のお守りやらなんやらと色々あったのだ。
しかも徹夜。流石に俺達も疲れたのだ。
なのでひとまず一日だけ休んでまた明日から情報集めに勤しもうと決めた俺達は、とにかくぐうたらしていた。
そうやって家でゴロゴロしていた所、エリニティがどこからが摘んで来た花の花びらをぶつぶつ呟きながらちぎり始めた。
しばらくは無視していたんだが、あまりにも長い間数本の花を犠牲にし続け俺の家を散らかしていた為、流石に放置出来なくなった。
上体を起こし、エリニティに尋ねる。
「エリニティ、お前何やってんだ?」
「…花占い。女の子達の間で流行ってるんだって。運命、必然、運命、必然……」
エリニティは赤い花びらを次々地面に落としていく。そして花びらが最後の一枚になった時、エリニティの顔が喜びに染まった。
そして、瞳を輝かせてエリニティは天を仰いで叫んだ。
「〜〜ぃよっしゃああああああああ! これはやっぱり運命なんだぁああああああああっ!!」
「っ?!」
赤い花を大事そうに抱きしめながら、エリニティはその場で舞い踊っていた。
え、何こいつ怖……急にどうしたんだよお前…ってまてよ、運命つったら…。
ある事を思い出した俺はハッと息を呑んだ。
「お前まさかまだあのガキの事諦めてねぇのかよ!?」
「当たり前じゃん! あと、ガキじゃなくてメイシアちゃんね、メイシアちゃん!! だって運命だよ、アニキ! オレ達あんな運命的な出会いを果たしたんだからもう結婚しなきゃでしょ!!? ………あぁ、愛しのメイシアちゃん…今頃何してるのかなぁ…オレは今君の宝石のよりも美しい瞳と似た花を愛でて心の寂しさを埋めているよ……っ」
「うっわぁ…………………」
本気で引いてしまった。なんだこいつ本当に気持ち悪いな。思考が完全に変態犯罪者のそれだろ。
つーかお前の花の愛で方は花びらをちぎる事なのか? 何、お前そんな物騒な思考回路してたのか??
長い付き合いの家族同然の相手でさえこんな風に思わせるとは、エリニティも恐ろしい才能を持っているな…。
あの時スミレに懲らしめてもらっときゃ良かったな……でもあん時はあいつも怪我してたし治療優先で…あー、どうすりゃよかったんだよ。
後でイリオーデに記憶を消す方法が無いか聞いてみるか…?
そうやって悩んでいると、バドールとクラリスがうちにやって来た。バドールの持つ袋から何やらいい匂いがする。
「…ディオ、大通りで肉串を買ってきたから皆で食べよう」
と言いながらバドールが湯気の立つ肉串を手渡してきた。肉串は、火で炙られた鶏肉に爽やかな果汁をかけたもので……俺達のたまのご馳走様的立ち位置の食べ物だった。
だがしかし。昨日、スミレの言う通り、あのクソ野郎を警備隊に突き出した後、クソ野郎に関する調査が城で行われた結果…クソ野郎は投獄。
更に俺達は厄介な奴隷取引の拠点から子供達を解放した事も何故か讃えられ、謝礼金が本当に貰えてしまったのだ。
用心棒をしていた給金は貰えなかったものの…想わぬ臨時収入、氷金貨二枚と氷銀貨五十枚と言う大金に俺達は目が眩みそうになった。
それにより、今日俺達は今まででは有り得なかった贅沢をしてしまっている。
一本氷銅貨二十枚はするあの肉串を、なんとバドールは十本も買っていたのだ。普段なら貯金しねぇとなって思って一本買う事さえ迷うあの肉串をだ! 単純計算でも氷銅貨二百枚分または氷銀貨二枚分と言う大きな買い物をしたのだ!
何という贅沢…ッ! 日々氷銅貨三十枚とかで買える食材や森で見つけた野草に木の実を使った創意工夫の料理ばかり食べている俺達からすれば、まさに贅沢中の贅沢というもの!!
人は財を持つと変わると言うが、確かにその通りだ。まさかあの慎重なバドールがこんな大胆な事をするとは……!
「ん〜っ、やっぱり肉串は美味いわね!」
「まさかたらふく肉串を食える日が来るとは」
「誰かの誕生日でもここまで肉串食わねぇしな」
熱々の肉串を頬張りながら、俺達は幸福な気持ちに包まれつつ話していた。
俺達の主な収入源はドブ掃除や大通りの屋台の手伝いなど。大体日毎に給金が貰えるのだが、ドブ掃除は良くて氷銅貨四十枚。屋台の手伝いも氷銀貨一枚程。
俺達はこれらの金で自分達用の食材を買ったり、街のガキ共の為の食べ物や服を買ってやったりしている。勿論ガキ共だけでなく、俺達それぞれの服やら生活必需品やら武器の手入れが出来る物やら…色々と用途が多いのだ。
残りの金は全てもしもの時の為の貯金に回している。数年前に大寒波が来てやばいってなった時に有り金をほぼ全て使って服やら布やら買った為、貯金の大切さは身に染みている。
だからこそ、肉串を買いまくるなんて真似…普段なら絶対に出来ない贅沢なのだ。
そもそも俺達は質素倹約がモットーだしな。もしもに備えるに越したこたぁねぇんだよ。
「なんだお前達、美味そうなもの食べてるな」
「む、シャルか。まだ余ってるから分けてやろう」
「いいのか。じゃあ有難くいただこう」
俺が肉串二本目に手を出した辺りでシャルルギルが帰って来た。その手には一冊の本が握られていて。
「ひゃふふひふ、ほへ、あんろほふら?」
「食べ終わってから喋ってくれ。何て言ってるかまったくわからん」
肉串を頬張る片手間で聞いた為、俺の問は全く発音されていなかった。
勿体ないが、俺は急いで口の中にある肉を咀嚼し飲み込んだ。本当はもっと味わって味が無くなるまで咀嚼してから食いたかった。
「ん……シャルルギル、それ何の本だ?」
「あぁ、本の事か。これは『自然の毒』と言う本でな、なんと自然にある毒の名称と主な使用用途が書かれていると言う本なんだ。勉強になると思って購入して来た」
「………お前、見ただけで何に毒があるかとか分かるんだし、別に本いらなくね?」
「………それがだな、俺も使用用途がよく分からないまま適当に使ってる毒がいくらかあるんだ。だから多分これは役立つ」
「あんたそんな恐ろしい事してたの…?!」
シャルルギルの突然の告白に俺達は驚き呆れていた。何でそれをもっと早く言ってくれないんだろうか、シャルルギルは。
クラリスの反応も何らおかしくねぇわ。
「……あれ、オレは肉串貰えないのかな…」
エリニティの呟きに談笑していた俺達は気づかなかった。そうやって贅沢をしながら過ごす穏やかな昼はとても有意義なものだった。
普通の人達はいつもこんな生活をしてんだろうな、貴族ともなるともっと凄かったんだろうな。
そうやって貧民街の人間以外の環境に思い馳せてみる。そこで俺は思い出したのだ、あの変わった貴族のガキの事を。
…あいつ、本当に来るつもりなんだろうか。あの行動力の塊みたいなガキならきっと来ちまうんだろうなぁ……とため息をつく。
この辺りは貧民街の中でも比較的に治安がいい方ではあるが、帝都の大通りと比べるとやはり治安が悪い。貴族が来ると決まってそれを睨んだりするし、相手が護衛とかをつけていなかったら徒党を組んで襲うような馬鹿もそれなりにいる。
身一つであんな所に乗り込むようなガキなら、余裕で一人で来そうで怖い。もし貧民街であいつが襲われでもしたら、俺は申し訳なさのあまりしばらく寝れなくなりそうだ。
と、来て欲しいが来て欲しくないなんて矛盾した事を考えていたその翌日。そろそろ情報収集に行くかと家を出た時。
噂をすればなんとやら……あいつが来たのだ。
「ディオさん!」
桃色のふわふわとした髪を揺らして、派手ではないものの…貴族らしいドレスを着た女が、俺の名前を呼びながら輝くような笑顔で大きく手を振って近寄って来た。
本当に来るのか、つぅか来んの早くね、と驚いた俺から咄嗟に出た言葉は、お前何でここにいんだよ。と言うものだった。
そのガキは約束したから、と笑ったんだが…この言葉に俺が困惑したのは言うまでもない。
そしてふとスミレの後ろを見やると、あの夜にもいた変なガキと、侍女の服に身を包んだ美女と、高貴な身分である事を隠そうともしない服装の金髪のガキがいた。美女と金髪のガキは俺の事をキツく睨んで来る。何でだ。
と思っていると、丁度スミレからその二人についての簡単な紹介があった。侍女と友達だそうだ。
あいつ等の関係性にはさほど興味が無いが、スミレが一人で貧民街に来る事にならなくて良かったと俺は安堵した。
そして面白い事好きなラークがスミレと出会ったりして道端で立ち話をしていると、スミレの侍女が落ち着いて話が出来る場所はと聞いて来た。
俺はすぐさま家に案内し、とにかくラークに気を配ったもてなしをするよう頼んだ。何せ相手は貴族様だ、そう言うのを気にする性格では無いだろうが、やはり粗相が無いに越したこたぁない。
ラークが茶の用意をしている間、俺達は軽く話していた。スミレから解放したガキ共がどうなったかと聞かれたのだ。
それに俺は、大半は家まで送ってやれたが残りは家が無くそして孤児を受け入れられる施設も無い…と行き詰まっている事を話した。
するとスミレがいい案があると言った。それに俺は強く反応したのだが…スミレの提案はかなり不可解なものだった。
「実は私、ここに孤児院を建てるつもりなんです。孤児院だけじゃなくて大衆浴場とか診療所も建設予定ですね」
正直、何言ってんだこいつはと思った。貧民街に孤児院を建てる…? 大衆浴場と診療所ってそもそもなんなんだよ……?
こんなガキが建設予定とかなんとか堂々と宣う姿は酷く異様で、俺とラークは失礼にもつい、は? と言葉を漏らしてしまった。
更に追い討ちをかけるようにスミレが貧民街の責任者から許可も取ってるとか言い出して、こいつは本当に何者なんだと俺達はますます混乱した。
きっとこいつにとって大した得にもならないであろう、孤児院の建設やら貧民街の奴等への働き口の提供を進んでやる姿は……慈善活動だと上辺だけで粋がる貴族達よりもよっぽど善良で眩しく見えた。
だからか…俺はつい聞いてしまった。このガキが分からなくて、俺にとって理解し難い存在だったから。
どうしてお前はそこまで人の為に動けるんだと。
それを聞いた時、スミレは笑った。作戦が成功した時のやり切った笑みでも、別れを告げる時の子供らしい笑みでも友達と話してる時の可愛らしい笑みでもなく、とても落ち着いていて穏やかな──完璧過ぎる作り物の笑顔だった。
「──自分の為ですよ。最初から、私はただ…自分の目的の為に動いていましたから。私はどうしようもなく自分勝手な偽善者です。皆さんが思うような良く出来た人間では無いんですよ」
そのガキは何の躊躇いもなく『自分の為』と言った。更には己を偽善者と言った。
人に嫌われるだとか考えていない。その発言が周りにどう捉えられるかも考えていないようだった。
そしてスミレは…穏やかな微笑みのまま、平然と語った。
「……まぁ、よくある話なんですけどね。私、そのうち実の父か兄に殺されるんですよ」
それには俺もラークも、何故かあいつの連れの美女と金髪のガキでさえも驚いていた。
俺達が家族仲が悪いのかと呟いていると、スミレは俺達の疑問に答えるように続けた。
「父と兄が私を酷く疎み嫌ってるんです。今はまだ父に道具として使い道がある、すなわち不要とされていないので私はこうして生きていますが、それもいつまで続くか分かりません。父に不要とされたら簡単に処理されてしまう使い捨ての道具、それが私だからです」
言葉を失った。どうして、こんな事を淡々と語れるのだろうか。
たった十二歳の貴族令嬢が、何をどうしてここまで冷静に己の境遇を把握してしまっているのか。
普通なら泣いたり親に縋ったりしてもおかしくないのに、どうしてこいつはただ粛々とそれを受け入れているのか。
それが俺には分からなかった。
「ですが私は死にたくありません。親へと惨めに愛を求め続けて結局殺されるような人生は嫌なんです。私は、もう親からの愛も兄からの愛も誰からの愛も要らない…ただ私が幸せになれればそれで十分なんです。自分が無事生き延びて幸せになる為に、私は今まで一人で色々やってきたのです」
スミレは真っ直ぐと俺の目を見つめて話した。
一体どのような環境で生きていればその歳でその結論に到れるのか。こいつの身内ってのはそこまで最悪なのかと俺は強い怒りを覚えた。
だが同時に、俺は安堵していた。そんなクソみてぇな環境で生きて来てここまで曲がらず真っ直ぐにこのガキが成長した奇跡に、俺はどうしてか安心していたのだ。
「ですのでディオさんの問への答えは──自分の為、なのです。これで分かったでしょう、私はいい人などでは決して無いのです。だって私は極悪非道冷酷無比な血筋の人間…どれだけいい人ぶった所で、結局は偽善者が精一杯ですから」
子供らしさの欠片も無い気を遣うような微笑みで、スミレは己を強く卑下した。
口だけで何もしない自称善者が多いこの世界で、このガキだけは…最悪な家庭に産まれたにも関わらず、行動を起こすだけの勇気のある偽善者となった。
それは紛れもない奇跡であり褒められるべき事なのに……スミレはその賞賛を全て否定するように、良い人では無い。いい人ぶってるだけの偽善者だ。と繰り返していた。
「…ガキにそこまで言わせるとか、どうなってんだよ……お前の家は…っ」
気づけば俺は握り拳を震わせてそう呟いていた。
どの家にもそれぞれの問題があるとは理解している。部外者が口を突っ込むべきではないとも。
だがこいつのそれにだけはどうしてそう言わざるを得なかった。それだけ、俺はこいつに心を許してしまっているのだろう。
その時だった。突然、スミレの髪の色が変化した。
申し訳なさそうに眉尻を下げるスミレを見ていて、俺達は恐ろしい事に気づいてしまった。
桃色だった髪は、あの夜の月のように輝く銀髪になった。
その銀髪も相まって、あいつの…複数の色が混在するように見える寒色の瞳がまるで夜空のようだった。
美しい銀髪に、寒色の瞳。その特徴を持つ存在は……この国において、たった一つの血筋に限られる──。
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