第53話俺達は仲間になった。

『………名前はイリオーデ・ドロシー・ランディグランジュ。兄が両親を殺して爵位を簒奪し、実家を乗っ取った。私の存在は兄にとっても邪魔なものであり私も殺される事が容易に想像出来た。しかし母親が『西部地区なら潔癖症のアランバルトも探しに行かない』と言い自身が死ぬ前に私を逃がしたため、私は今ここにいる。母親の言葉に従い西部地区に来て見知らぬ大人に囲まれた所を、彼等に助けられた』


 アランバルトは兄の名前だ。と付け加え、イリオーデは淡々と……感情の籠っていない冷たい面持ちで俺達と出会うまでの経緯を話した。

 見てくれ通り貴族だった事には驚かなかったが…その身の上話は俺達が想像していたものよりも遥かに壮絶なものだった。

 俺達は言葉を失った。本人がどこまでも他人事のように話しているのが異様で仕方なかったのだ。


『…ランディグランジュって、確か帝国の四大侯爵家の名前だったよね』


 ラークが冷や汗を流しながら、ボソリと零した。

 帝国の四大侯爵家……それは、生まれも育ちもこの街な俺でも知ってるぐらい有名な家。

 まつりごとのフューラゼ家。

 つるぎのランディグランジュ家。

 ざいのララルス家。

 けんのオリベラウズ家。

 古くから政治、騎士、文化、知識とそれぞれの分野で帝国を支えて来た由緒正しき家系。

 その四大侯爵家の更に上に帝国唯一の公爵家があり、事実上公爵家と同等の権限があるとまで言われている大公家があるらしい。

 正直、貴族ってだけでも俺達からすりゃ遠い世界の話なのに…その貴族の中でも、いいや、この国の中でも雲の上の存在たる四大侯爵家の人間が、こんな所に現れるなんて。

 しかもなんだよ。さっきあいつが言ってたのってつまり、家族に殺されそうになったから逃げて来たって事だよな? 権力が欲しいから家族皆殺しにしようとしたのか、貴族怖すぎんだろ。


『お前の言う通り、ランディグランジュ家は四大侯爵家の一つに数えられる。だが私はもうあの家の人間では無い。私にはもう関係の無い話だ』

『関係ないって……何でそんな簡単に自分の家を捨てられるんだよ!!』

『捨てなければ生きて行けなかったから。私はどうしても叶えなければならない目的がある、そのためには死ぬ訳にはいかない』


 イリオーデのあまりにも冷めた発言に、ジェジが顔を赤くして掴みかかる。しかしイリオーデは眉一つ動かさず、ジェジの目を見て答えた。

 そして、イリオーデから離れたジェジが弱々しい声で『…目的って?』と聞くと、イリオーデはあっさりとそれを口にした。


『私は騎士の家系に生まれた騎士だ。私にはどうしても騎士として剣を捧げたい相手がいる。それが叶うまでは何があろうと死ねない』


 今までずっと暗く澱んでいたイリオーデの瞳に、初めて光が宿った。その目的がイリオーデにとって非常に重要である事が見て取れる。

 そこで俺は感心ついでにふと思いついたのだ。


『……なぁ、イリオーデ。お前って騎士の家系に生まれたって事は剣とか使えたりするよな』

『一通りの剣は扱える。得意なものは長剣ロングソードと大剣だが』

『そうか! よし決めたぞ!!』


 イリオーデの返答は俺が期待していたものだった。これ幸いとばかりに俺はイリオーデに頼み事をした。


『お前、ここに住め。そんでもし良かったら俺達に剣を教えてくれ! 俺達、強くなりてぇんだ!』


 そう言いながら俺は頭を下げた。イリオーデはそれを快諾し、イリオーデもまた俺の家に住む事になった。

 その翌日から、イリオーデは約束通り俺達に剣を教えてくれた。更に、なんとイリオーデは着ていた服や持っていた装飾を売って、俺達にそれぞれ好きな武器を与えてくれたのだ。その代わりに俺のお古をくれと言われてしまった。

 貴族が着られるような服は無いんだが…と思いながら差し出した比較的綺麗な服を、イリオーデは何の躊躇いも無く着ていた。あいつはどうやら自分の事にとことん無頓着らしい。

 目的以外は基本的に興味無いみたいだ。

 そう言えば…イリオーデが身につけていたものを売ったのがちゃんとした店ではなく、胡散臭い寂れた店だった。イリオーデ曰く、正規の店で下手に売買すると足がつく恐れがあるからだそうだ。

 俺にはよく分からなかったが、万が一例の兄に探された際に見つかる可能性を減らしたかったらしい。


 その次は……もう、俺達の所にはいねぇけど…ほんの一年間だけ俺達が世話を焼いていたガキがいた。

 そいつの名前はサラ。名前が無いと言っていたから俺達で名前をつけてやったんだ。

 何も知らないし何も出来ない奴だったけど、教えたら全部覚えるし何かやらせたら何でも出来るすげぇガキだった。

 あいつと出会ったのは九年前…俺が十四だかの時。そして別れたのは八年前だ。

 一年間共に過ごしていたのに、サラはある日忽然と姿を消した。なんの前触れも無く、『またね』と書かれた手紙を置いていなくなった。

 しばらく街中を探し回ったが、サラは見つからなかった。…それ以来、一度もサラとは会えていない。

 今頃どこで何してんのか……無事に生きてるならそうと言って欲しい。俺達だってずっと心配してるんだ。


 そして最後はメアリードとルーシアンだった。

 まるでサラと入れ替わるかのように、サラがいなくなった直後にメアリードとルーシアンは俺の家にやって来たのだ。

 二人の手を引く見知らぬおばさんが、二人の事情を話してくれた。

 父親が癇癪持ちの賭博狂いな酒浸り、母親は毎日家に知らない男を連れ込んでは日夜汚い嬌声をあげ、頼みの姉は二人の生活費の為に日々出稼ぎに行き、その給料を父親に奪われ続けている。

 そして…その姉が仕事の帰りに、街のクソみてぇな大人達に襲われてぐちゃぐちゃに壊され、路地裏で心身共に壊れたまま数日間放置された結果…死んじまったらしい。

 このおばさんは二人の近所に住む人だそうで、姉共々二人の面倒をよく見ていたらしい。

 こんな状況だから自分が引き取ろうと思ったそうだが…最近おばさんの旦那が病死しておばさん自身も相当参っている為、二人の面倒を見てやれる余裕か無いらしい。

 だが頼みの姉も死んでしまい、親は典型的なクズと来た。このままでは二人の今後が危ぶまれると考えたおばさんは、噂に聞いた悪ガキ集団の元に連れて行く事にしたのだとか。

 メアリードとルーシアンは当時七歳と六歳で、そんな家庭環境に生きていたからか精神的にも肉体的にもとても幼い状態だった。

 幸いにもうちにはイリオーデがいるから読み書きやらを教えてやる事は出来る。このおばさんも、藁にもすがる思いで俺達を頼りに来たのだと俺は判断し、メアリードとルーシアンを受け入れる事にした。

 ここまで人数が増えているのだから、この際いきなり一人や二人増えてもなんら問題ない。

 そうやって秘密基地俺の家に住む事になって二人にも色々と教える事数年……メアリードもルーシアンも元気に成長してくれた。

 親代わりとしては嬉しい話だが………まぁ、まさかあんなに小生意気になるとは思わなかったが。



 ──これで、あいつ等との出会いの話は終わりだ。

 この後は…あの女との出会いに移ろうか。


 何故かやたらとガキに懐かれやすく、俺自身街のガキ共の為に色々やっている事もあって…俺は子供好きと勘違いされる事が多い。

 自分がガキの時に色々と苦労したから、その分まだ幼いガキ達には出来る限り楽に暮らして欲しかった。

 俺達は毎日、別に美味くもねぇ食べられる草や木の実を帝都郊外に行って集めていた。たまに街の大人が飯を分けてくれて……ガキだけで集まって生きてた俺達からすりゃそれが何よりのご馳走だった。

 だがその大人達も近頃は生きる活力を失い、街からはまともな大人が減りつつある。それでも俺は街のガキ共には少しでも美味い飯を食わせてやりたかったから、俺達が可能な限りまともな大人になろうと誓ったのだ。

 だから、俺達は日々仕事を探しては少ない額でも日銭を稼いでいたのだ。


 あの用心棒の仕事はどこかの酒場でおっさんに紹介してもらったもので、詳しい内容は聞かされていなかった。

 しばらく用心棒をするだけでこれだけの給金が貰えるなんて、と俺はおっさんから詳しく話も聞かずに、軽率にその仕事を受けてしまった。

 何せ俺みたいな貧民街に住む学のねぇ奴にゃまともな仕事は出来ない。そもそも雇われない。

 今までは街の大人達が食べ物を分けてくれたり、子供でも出来るようなドブ掃除の仕事をしていたが、もうそれだけでは足りないのだ。

 昔大人達が俺達にしてくれたように、俺達も大人になった今、街のガキ共に少しでも楽な暮らしをさせてやりたかった。

 だから俺はどうにかして金を稼ごうと仕事を探していた。よく情報が集まる酒場に行っていたのもそれが理由だった。

 そこでそんな美味い話を聞いてしまったのだから…ただ目先の給金に釣られて俺は仕事を受けてしまったのだ。

 そしてそれを、後で強く後悔する事になる。

 用心棒と言われていたから、俺は元々、女子供を抜いた男だけでいこうとしていた。俺とラークとバドールとシャルルギルとイリオーデは確定で、いけそうならジェジとエリニティとユーキも共に仕事に行き、クラリスとメアリードとルーシアンにはここに残って貰う予定だった。

 用心棒の仕事は夜間を担当して貰うと聞いていたんだ、そんな時間にあいつ等を用心棒が必要とされるような場所に連れて行ける訳がなかった。

 クラリスも性格はアレだが、見た目は街でも評判になるほど整っているとバドール達が言っていたし、メアリードとルーシアンは人の容姿に疎い俺でも可愛いんじゃないかと思う程愛らしいものだ。

 ……別に身内贔屓とかではないし、俺が育ての親みたいなものだからと親バカになっている訳でもない。ただの客観的な感想だ。

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