第52話俺はあいつ等と出会った。
物心ついた時から、俺達は子供だけで生きていた。一応親はいたが、衰弱で俺が小せぇ時に死んだんだ。
だから俺達はお互いに支え合って生きて来た。…そりゃあ、街の大人達の手助けもあっての事だが。
始まりは……俺と、ラークの二人だけだった。それぞれ親が死んでたりろくでもなかったりして…それで俺達は、秘密基地を作って日々をそこで過ごしていた。
まぁ、秘密基地とは名ばかりのただの俺の家だが、当時七歳程だった俺達からすればまさに秘密基地だったのだ。
この街に俺達のような子供は少なくなかった。いつしか俺達の秘密基地には他の子供も集まるようになっていた。
最初に来たのは一つ歳下のシャルルギルだった。ある日突然ラークが連れて来たのだが、シャルルギルはとんでもない天然で、発言の一つ一つが面白くて俺達は毎度腹を抱えて笑っていた。
シャルルギルもそうやってあっという間に馴染み、俺達は三人になった。
次に誰かがやって来たのはその半年後。バドールとエリニティだった。
俺達より二つ歳下だったバドールが、雨の日に更に歳下のまだ小さいエリニティを抱えたまま現れたのだ。
エリニティはバドールの隣の家の子供で…親が働きに出てる時に風邪を引いてしまったようで、どうしたらいいか分からず、いつか聞いた俺達の噂を頼りに来たらしい。
……俺達の噂と言うのは、シャルルギルが来て以降シャルルギルの魔力を使ってやっていたお手伝いの事だろう。
シャルルギルは珍しい毒の魔力を持っていて、それを上手く使えば悪くなった食べ物を少し良くする事が出来たのだ。
シャルルギル曰く、食べ物の中の『毒』を外に出してるだけ…らしいが、俺達には全く分からなかった。
ただこうすれば食べ物が美味しくなったのだ。
それに、シャルルギルがいると帝都郊外の森に行った時、食べちゃ駄目な草や木の実が分かって便利だった。
これをたまに近所の家でもやっていたのだ。お代は食べ物で。
その力があれば、エリニティの風邪も治せると当時六歳のバドールは考えたらしいのだが……それは不可能だった。
『…ごめん。俺にできるのは、毒を操る事だけだから……毒で苦しんでるんだったらなんとか出来たかもしれないけど、病気は…』
シャルルギルがそう言いながら頭を下げると、バドールは悔しそうに地面を叩きつけた。
その時、ラークがボソリと呟いたのだ。
『──病気もさ、人間の体にとっては毒なんじゃないかな…』
俺はその言葉の意味が分からなかったが、それを聞いたシャルルギルはハッとしたように『病気が、人間にとって毒………』復唱した。
そしてシャルルギルがエリニティに触れ、魔法を使うと……なんと、エリニティの風邪が嘘のように治ってしまったのだ。
その事にバドールは強く感謝し、それ以降エリニティと共によく俺達の元に来るようになった。
それと同時に俺達は知る事になった。魔法とは使う人間がどう考えるかによって、使い勝手が変わってしまうのだと。
病を治すなんて芸当、光の魔力を持つ選ばれた人間にしか出来ないのに…シャルルギルはそれが出来てしまった。とんでもない荒業ではあるが、確かに出来てしまったのだ。
シャルルギルははっきり言って馬鹿で天然だ。人を疑う事を知らないし、何でもかんでも言われた通りにしちまう。
こんな事が出来ると悪い大人に知られてしまっては、シャルルギルがどうなるか分かったもんじゃねぇ。だから俺とラークはシャルルギルに、俺達二人の許可無しに人の病気を治すなと言いつけた。
更に、バドールにも誰にも言うなと何度も釘を刺した。
例に漏れずシャルルギルはそれに大人しく従い、それ以降はそう言う用途ではあいつに一度も魔法を使わせていない。
次は俺が八歳になったばかりの頃。バドールがたまたま傷だらけで道を歩いていたクラリスを見つけ、連れて来た。
何やらクラリスは父親から暴力を受けていたらしく、確かに見える範囲だけでも多くの酷い痣があった。
それを治してやろうと、井戸から水を引いて来て濡れた布で冷やしてやったが、それでもその痣は消えなかった。
その時クラリスは奥歯を噛み締めて言っていた──『あんなクソ親父、あたしに力があったらとっくにぶん殴ってるのに…!』と。
普通なら親を恐れたりしてもいいだろうに…もう死んでしまったクラリスの母親が強い人だったようだ。
クラリスの転んでもただでは起きない発言に俺達は感心し、俺達で結託してクラリスのクソ親父をぶん殴りに行く事にしたのだ。
秘密基地で集まり、誰にも邪魔されないように作戦を立てた。
そして来る作戦決行日。俺達は計画通り一気にクラリスの家に突入し、クソ親父をぶん殴った。
……俺達は全員八とか七とかのガキだった。だからだろう、あっさり返り討ちにあってしまったのだ。子供が何人も集まった所で大人に勝てる筈が無かった。
これが俺達が強くなろうと決意した原因たる事件だ。
それから、俺達はしばらくの間本気で怒ったクソ親父から逃げ回る日々を送っていた。勿論、クラリスも一緒にだ。
毎日命懸けの追いかけっこで大変だったのだが、俺達は何故かそれを楽しんでいた。
笑いながら走って、木の板を倒してクソ親父の邪魔をして、罠をしかけてそれに嵌めて大笑いして、わざと大人が通れないような狭い道を通り、時に煽り時に貶し……クソ親父から逃げながら街中を駆け回った。
幸いな事にあのクソ親父は街の大人達の間でも評判が悪かったようで、逃げている間にすれ違う大人達が食べ物や道具を分けてくれたりもしたのだ。
街の人達は俺達があのクソ親父を怒らせたので逃げ回っていると思っていたらしい。だがある日の夜、俺に良くしてくれていたおっちゃんにクラリスの事を話した所…なんと遂に大人達が動きだしたのだ。
クソ親父は街の大人達によって酷い目に遭わされ、それ以降は家に閉じこもって外に出てこなくなったらしい。
クラリスは『クソ親父め、ざまあみろ!』と大口を開けて笑い、その一件以降はバドールの家に邪魔する事になったらしい。
まさかこれがきっかけであの二人が後に恋人関係になるとは、この時の俺達は考えもしなかった。そもそもクラリスは恋に恋するみたいなタイプじゃなかったし。
そして、この頃から俺達は街でも有名な悪ガキ集団となったのだ。
その後に来たのはユーキとジェジだった。いつだったか、俺が十二歳とかになった時だったと思う。
二人はボロボロの服を着て、足首と手首に枷のようなものを付けて、裸足でここまで走ってきたのか足は傷だらけで血も出ていた。
街に入ってすぐの入り組んだ路地で倒れているのをたまたまシャルルギルと俺で発見したのだ。
とりあえず俺の家まで連れて行き、皆で怪我の手当をしたりちょっとした食事を作って渡したりしたら…二人は泣き出してしまった。
『……っ、こんにゃ、あったかいごはん…ぅぐ、ひさしぶりにたべた…!』
『…やさしくしてくれて、ありがとう……っ』
目から大粒の涙を溢れさせながら、二人は声を震わせた。
ジェジの体にある物珍しい耳や尻尾、ユーキの髪の間から見える長い耳……そしてこのボロボロの服と枷。俺達はやっぱりそう言う事か、と事情を察した──二人は、人身売買に巻き込まれていたのだと。
いない事もないが、フォーロイト帝国には獣人があまりいない。街の大人曰く、獣人がいるとしたら遠くにあるタランテシア帝国だろうと。
恐らくジェジはそこから無理やり連れてこられてしまったんだ。
そしてユーキはエルフだった。正確には父親がエルフで母親が人間だからハーフエルフだ…と彼は言っていた。
エルフもこの国では珍しい方で、いるだけで注目を集めるような存在だ。
これまた街の大人から聞いた事には、エルフの一族は東の方の妖精の森なる場所に住んでいるらしい。なのでユーキも無理やりここまで連れてこられたのだろうと俺達は考えた。
二人はもうすぐ売りに出されてしまうという所で命懸けで脱走して来たらしく、弱った体で一晩中走り続けていたから倒れてしまったらしい。
遠すぎて故郷に戻る事は出来ないし、かと言って獣人と亜人の二人がこの国で平穏無事に生きていける保証も無い。
そこで俺はジェジとユーキに提案した。
『お前等、これからはここに住め。俺達の仲間になれよ』
俺達は満場一致でこの結論に至った。二人は俺達の提案を受け入れ、ここに住む事になった。
バドールが鋼の魔力とやらで腕を鋼にし、ジェジとユーキに着けられていた石の枷を殴って壊した。そしてボロボロの服の代わりに俺達が前に着ていたお古を渡し、それを着てもらう事にした。
ジェジは体が小さいし、ユーキは細いから俺とバドールの服でほとんど問題なかった。
ただ、ズボンを履くにあたってジェジの尻尾をどうするかという問題が発生した。それはズボンの後ろ側に穴を空ける事で解決した。
この街は何かと訳ありな奴が多いから、ジェジとユーキの事もすぐに受け入れられた。
更に…強くなろうと自己流で鍛えていた俺達にジェジが簡単な戦い方を、ユーキが魔力の扱い方を教えてくれた。
二人共俺達より幼いのに……それぞれが故郷にいた頃に教わっていた事を俺達にも教えてくれたのだ。
おかげで俺達はもっと強くなれると夜通し喜んだものだ。
そのまた一年後。これはイリオーデだったな。
ドブ掃除をして稼いだ金で街の外の西部通りで皆の飯を買った帰り、街のろくでもねぇ大人達に囲まれているガキを見つけた。
一緒にいたユーキとラークと共に、とりあえずガキを助けるかって決めて、俺達は貴重な実戦の機会だと腕を回しながらろくでもねぇ大人達に向かって行った。
結果は上々。俺達は無事にろくでもねぇ大人達を撃退出来た。
そうして大人達を撃退した俺達は、それに囲まれていたイリオーデに大丈夫かと声をかけた。
イリオーデは、俺達に無機質な瞳を向けて言った。
『…ありがとう、助かった』
手入れが行き届いてそうな綺麗な青い髪。この街には不似合いな上質な服。どこからどう見ても貴族のガキって感じの…浮いて見える存在だった。
何でこんな奴がこの街に? と俺が不審に思っていた所、ラークがイリオーデの手を見て口を切ったのだ。
『ねぇ、君、手を怪我してるじゃないか。早く手当しないと悪化してしまうよ』
『……怪我してたのか。気づかなかった』
ラークに指摘されて初めて怪我に気づいたらしく、イリオーデは血が滴る自分の左手を興味無さげに見つめていた。
俺は何となく察した。このまま放っておくと、こいつは絶対に怪我の治療をしない。それに、貴族のガキがどうしてこんな所にいるのかも分からない以上、そっちの意味でも放ってはおけなかった。
だから俺達はイリオーデを無理やり家まで連れて行った。こいつは誰だと眉尻を上げるクラリスに、俺達も知らんと返しながら手当の準備をする。
ラークが手当をしている間も、イリオーデは一切抗う事無く大人しくしていた。そしてラークによる手当が終わり、俺達はイリオーデに色々と事情を聞く事にした。
事情を話せと言うと、イリオーデは大人しく身の上を語り始めた。
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