第二節・貧民街改造編

第37話商談といきましょう。

 ガタガタと石畳の上を走る馬車。その中から見える外の景色は新鮮に感じた。…いやまぁ、新鮮も何も街に来たのはこれでまだ二度目なのだけれど。

 久々に髪の毛を桃色に染め、ローブを羽織り、商人が使うような馬車で街中を進む。

 馬車の窓部分から外を眺めて、私はシュヴァルツと共に騒いでいた。


「馬車凄い! 楽しい!」

「たのしーね、おねぇちゃん!」


 何せ二人共馬車は初めてなのである。先程から、二人揃って外を眺めながら暴れ回っている。


「落ち着きなよ、アミィ」

「そう暴れては危ないぞ、二人共」


 そんな私達をマクベスタとシルフが窘める。

 マクベスタはシュヴァルツの首根っこを掴み、窓から引き剥がして着席させた。それにシュヴァルツが不満げに頬を膨らませる。

 …初対面の時はかなり戸惑っていたようだけど、マクベスタもシュヴァルツとかなり打ち解けたみたい。シュヴァルツが誰相手でも明るいからかしら。

 さて、奴隷商の一件より三日後。私達は今シャンパージュ伯爵邸に向かっている。

 慈善事業の為にシャンパー商会のお力を拝借したいと思ったからだ。昨日その旨を伝える手紙をシャンパージュ伯爵家に送ると、その日のうちにいつでもどうぞと言う返事がすぐに来た。

 なのでそのお言葉に甘え、こうして翌日に訪ねる事となったのだ。

 しかも、超有能なハイラさんのお陰で私は何と自由な外出が可能となったので、先日のように全反射を用いてコソコソ外に出る必要も無くなった。

 ハイラさんが手綱を取る商人風の馬車に揺られて普通に出てこれたのだ。何の変哲もない普通の馬車に野蛮王女が乗ってるなどとは誰も考えないだろう。

 これで、外で私の素性が知られる事は無い。ふふふ…これから外で遊び放題ね!


「ぶー、マクベスタの意地悪ぅ! 真面目だけが取り柄ー!」

「…その微妙に傷つく罵倒やめてくれないか」


 マクベスタに向かってぽかぽかと拳をぶつけるシュヴァルツに落とされる、マクベスタの物悲しくなる呟き。

 シュヴァルツは変に語彙力があって偶に辛辣なのよね。基本的には可愛いんだけど。

 あぁそうそう。実はマクベスタにも奴隷商の件は全て話した。一人で潜入した事を話した時、マクベスタの顔が酷く強ばっていたのは記憶に新しい。

 ……奴隷商の事は話したけれど、誕生日プレゼントの事は話してないのよね。当日までのお楽しみと言うか。

 シャンパージュ伯爵邸に行くにあたって、とりあえず暇してそうなマクベスタも引っ張ってきたのだけど…あの二人ってここで邂逅させてもいいのかしら。ゲームだと初めて会うのはもっと後だからなぁ。

 いやもうゲームとか無視していいか。既に私が散々無視してるんだし。原作改編やってやろうじゃんって感じなんだし。

 と言うか、今色々とやった所で、多分そこまでゲーム本編に影響も無いでしょう。

 今はあくまでもゲーム本編の土台作りの時間でしかないし、多少土台が変わっても本編はそんなに変わらないでしょ。

 うん、そうだと思いたい。


「姫様。シャンパージュ伯爵邸にそろそろ到着致します」


 手綱を握るハイラさんの声が聞こえてくる。

 シャンパージュ伯爵邸は王城からそう遠くない一等地にある。

 すぐ着くだろうとは思っていたけど、まさかものの数分で着いてしまうとは…。

 そんな事を考えていると馬車が止まり、外からハイラさんが扉を開けて手を差し伸べ来る。その手を取ってゆっくりと馬車を降りると……数日振りのシャンパージュ伯爵邸が目の前に見えた。

 馬車を降りた途端、見覚えのある執事さんが駆け寄って来て、


「お待ちしておりました、王女殿下…!」


 深々と頭を垂れた。意外と大きな声で私を呼んだ執事さんに、私は慌てて口元に指を当て、


「あの、この通り素性を隠しているので…どうか内密に」


 とお願いした。執事さんはハッとした後冷や汗を流しながら「申し訳ございません…!!」と繰り返し頭を下げてきた。

 幸いにも周りに人はおらず事なきを得たので、私はこの事は不問とした。

 そして、執事さん案内の元、シャンパージュ伯爵邸にお邪魔する。猫シルフを抱き、ハイラさんとマクベスタとシュヴァルツと共に執事さんの後ろを歩く。

 既に来た事がある私とシュヴァルツは特に緊張も無かったが、完全に巻き込まれただけのマクベスタはかなり緊張しているようだった。

 それが少し意外で、私はその理由をマクベスタに尋ねてみる事にした。


「何でそんなに緊張してるの、マクベスタ」

「……ここはあのシャンパー商会を運営する伯爵家の屋敷なんだろう。オセロマイトの王子として、粗相を働く訳にはいかず…」

「そう言えばオセロマイト王国との取引の大部分を担ってるのってシャンパー商会かぁ、そりゃあ緊張もするわね」

「まぁ、そう言う事だ……」


 フォーロイト帝国の市場を支配していると言っても過言では無いシャンパージュ伯爵家は、その優秀さから数代前よりオセロマイト王国との取引を一手に引き受けているらしい。

 オセロマイト王国側からすれば、シャンパー商会の存在は強大なのだろう。そんなの緊張して当然だ。

 何せ、もし自分が何かやらかしてしまった時には商会の怒りを買う恐れがあるのだから。

 私だって同じ立場なら間違いなく恐怖に縮こまる自信がある。

 そして、応接室に通された私達は長椅子に腰かけて出された紅茶を味わっていた。今まで飲んだ事の無い風味の紅茶にぱちぱちと瞬きしていると、隣に座るマクベスタが感嘆の声を漏らした。


「…これは、オセロマイトの紅茶だ。南部で生産されている女性に人気のフラワーティーと言う物だな」


 確かに、紅茶からほんのりと花のような香りが漂う。

 オセロマイト産の紅茶を飲むマクベスタの横顔が何処か嬉しそうで、今度誕生日プレゼントを渡す時が少し楽しみになった。

 私が買った茶葉は多分別のものだから、被る事も無いだろうし。皇宮を抜け出してまでして買ったんだもの、少しでもいいから喜んでもらえるといいな。

 シルフにも紅茶、飲んでみる? と確認すると、シルフは嬉しそうに「いいの?」と聞き返してきた。私はそれに良いよ、と答えてティーカップを膝の上にいる猫シルフに近づける。

 すると、なんと予想外にも猫シルフが器用にそのティーカップを前足で持ち、まるで人間のようにティーカップを傾けて紅茶を飲んだのだ。

 その光景に私達は唖然とする。あのハイラさんでさえも戸惑いを露わにしている。

 開いた口が塞がらない私達を置いて、猫シルフはソーサーにカップをカチャリと丁寧に置き「ふぅ」と気持ちの良さそうな声を漏らした。


「人間の作る紅茶はやっぱり美味しいねぇ」


 まるで普段から紅茶を嗜んでいるかのようなシルフの発言に、私達は更に困惑する。…飲むかって聞いといてあれだけど、猫って紅茶飲んでも大丈夫なのかしら。精霊だから問題無いとか?


「ふっ……くくっ、あっははははっ! いやっ…せ、精霊の…おもしろ……っ!!」


 そして何故か腹を抱えて爆笑するシュヴァルツ。相当ツボに入っているのか、何度も長椅子をバンバンと叩いている。

 シュヴァルツにもシルフが精霊である事は話したけど…やっぱり猫の精霊が紅茶を飲んでいるのは世間一般的に見ても愉快な現象なのかしら。

 私はゆっくりとマクベスタの方を見た。どうなってるのこれ? と視線を送る。するとマクベスタから、


(オレに聞かれても)


 と言いたげな視線が返ってきた。そりゃそうだ。

 そんなこんなで困っていると、ガチャリと部屋の扉が開かれて伯爵がようやく姿を見せた。その後ろから、ひょっこりとメイシアも現れて。


「お待たせしてしまい申し訳ございません。王女殿下」

「本日もご機嫌麗しゅうございます、アミレス様」


 綺麗なお辞儀と共に伯爵とメイシアは各々挨拶をして来た。

 しかしその直後、二人揃ってマクベスタを見て目を丸くした。伯爵は何かに気づいたようにもう一度会釈し、メイシアは何かが気に入らないようで真顔になってしまった。

 …それでもすっごく可愛いわね、本当に。メイシアってばどんな顔でも可愛いとか最強じゃないの。


「本日のご用件は我が商会と取引がしたい…と言う事で宜しかったですよね?」


 向かいの長椅子に腰を下ろした伯爵は、私の目を見てそう確認して来た。それに私は頷く。


「はい。個人的に行おうとしている事業に必要な物を全てシャンパー商会で買わせて貰いたくて」


 そうすればシャンパージュ家の力にもなれるし慈善事業も出来るしで一石二鳥だからね。

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