第36.5話ある精霊の報復

 とても月が綺麗な夜。

 しかし眩き月明かりすらも届かぬ地下監獄にて鎖に繋がれる男達を、ボクは静かに見つめていた。

 ……こんな男達の手でボクのアミィが傷を負ったなんて。あぁ、なんて許し難い事だろうか。

 だからボクはこれらを絶対に許さない。無茶をしたアミィへの説教はもう済んだ事だし、後はアミィへと刃を向けた愚か者達に罰を下すだけだ。

 社会的、法的な裁きはこの国の人間が与えるだろう。だからこそ精霊が与える罰は…死なない程度に、笑っちゃうくらい残酷じゃあないとね。


「…準備はいいか、ルーディ」


 ボクは精霊界より連れて来たとある精霊に声をかける。

 彼はルーディと言う名の精霊であり、亜種属性の奪の魔力を司る精霊だ。奪の魔力は読んで字のごとく、ありとあらゆる現象、物事、はたまた概念に及びその全てを奪う対象として、奪い尽くせる魔力だ。

 やはり略奪や簒奪や強奪等の『奪う時』にこそその真骨頂が発揮される。この魔力が扱える魔法はただ一つ、奪うだけなのだが、その奪う事には条件らしい条件が無く際限なくあらゆるものを奪えてしまうのだ。

 更に奪ったものを自在に操れてしまうのだから、本当にタチの悪い魔力だと思う。

 流石にこの魔力は生まれてすぐ、早々に絶滅させるべきだと上座会議で議決され、この魔力を管理する精霊のルーディ以外の奪の魔力所持者が一人残らず処理された事があった。

 それだけ危険な魔力なのだ。じゃあ何故そんな魔力を持つ男がここにいるかって? そんなの決まってるじゃないか。

 ルーディはまるで歌劇かのように大袈裟に返事をした。


「勿論だとも、マイ・ロード! して、貴方様の望みは? 此度は…ワタクシめは何を奪えばよろしくて?」

「あの男達はボクの宝物に手を出した、それ相応の罰を与えなければならない。だからまず手始めに──魔力を奪ってしまえ」

「おや、マイ・ロードは本気でお怒りのご様子だ。ふふ、お安い御用だとも。マイ・ロードが望むのであれば、ワタクシは何だって奪い尽くしてご覧にいれましょう!」


 舞台で一点に光を浴びながら幕が下りるのを待つ役者のように、深く腰を曲げたルーディは、ボクの命に従い迷う事なくその権能を発動させた。

 例え魔力を奪っても、人間もすぐには死なない。死んだ方がマシと思える苦痛を味わう可能性はかなり高いが、自業自得だ。

 ボク達精霊には確かに制約と言う絶対的な縛りがある為、人間界では大した事が出来ないのだが、特例として各精霊の権能の使用が認められている。……まぁ、それでもボクの権能は使えないのだけれど。

 それはともかくだ。その為もしここでルーディが権能を発動させても、例の制約には抵触しないと言う訳だ。


 話が少し逸れてしまうが、この世界の大気中には魔力の元となる魔力原子が充満している。

 人間の体内…正確にはその魂なのだが、そこには大気中より取り込んだ魔力原子を蓄える魔力炉があり、魔力炉にて魔力原子を魔力に変換してようやく魔法が扱えるようになっている。

 実は人間達はあまり知らないようだけど、人間は体内より完全に魔力原子が消滅したら死に至る。

 何せその魔力原子と魔力炉と呼ばれるものが生命活動を維持する機構でもあるからね。産まれてすぐに魔力原子を魔力炉にくべて、魔力と生命力を生産して初めて生命活動が可能になる。

 稀に魔力量(魔力原子の変換効率の善し悪しを人間なりに分かりやすくした指標らしい)が多い者が、産まれたそばから魔力を生産しすぎてしまい、固有の魔力の暴走を起こす事もあるらしい。

 まぁ、こればっかりは精霊に文句を言われても困る。確かに魔力の管理はボク達の仕事だけれど、魔力量に関しては完全に人間達の遺伝の問題だし……どちらかと言えばそれは神々の管轄なので、文句は神々に言って欲しい。


 そうして生産した魔力を扱うものが魔法なのだが、我々で言うところの権能と言うものは魔法では無く、その為魔力も必要としないのだ。

 ボク達の権能は言わば各属性の魔力の原型。権能と言う原型を模して、人間が扱えるレベルにまで簡略・劣化させたものが、所謂魔力や魔法なのだ。

 大昔、神々は面白半分で無力な人間に何か力を与えてみようと思ったらしい。しかし神々の力はどれも人間には過ぎた力でしか無かった。

 その時神々は思いついた。『自分達には出来ないんだし、代わりに力の管理をする為だけの存在を創ればよくね?』と。そうして創られたのが精霊と言う存在だった。

 神々はこの世界に魔力原子というものを生み出し、それを魔力炉を使い魔力に変換する機構を人間と言う存在に組み込んだ。

 後はそのまだ何色にも染まっていない魔力に色をつけるだけ。神々はその着彩作業もやはり面倒くさがり、色を付けてこの先も管理し続ける役目を予定通り精霊に押付けていった。

 しかしその着彩作業がまぁ大変だったと言う。そもそも生まれたばかりのちっぽけな存在に、魔力の色付けなんて作業は不可能だったんだ。

 あまりにも成果を出さない精霊達に痺れを切らしたのか、神々は作り上げた全四十体の精霊達にこう告げた。


『何か一つ、お前達が権能としたいものを指定しろ。それをお前達の権能として認めてやる』


 まず最初に、四体の精霊が自然から火、水、風、土を選び、その四つが基本となる四大属性になった。

 その次に一対の精霊達がそれぞれ光と闇を選び、それが希少属性となる。

 ただこの二属性はあまりにも強力過ぎた為、その一部を切り離して別の精霊が受け持つ事となる。光からは時。闇からは終。二つの属性が生まれた。

 その次に、その四体に続き自然から氷、雪、雷、石、花、毒、空、色、蟲、翼、鋼、腐を選び、それらが自然派亜種属性になった。

 人々の面白おかしい営みを見守る為に作り出された精霊達の中には、その人々の営みから権能を選んだ者もいた。

 それらは病、夢、儡、音、愛、詞、禱、鏡、智、美、心、逆、悪、奪、血、呪、創、変、宝を選び、それらが人道派亜種属性となった。

 これにより各々が選んだものに因んだ属性を得、それを権能として保有する事となる。この三十九体の精霊達を後に、各属性の魔力の管理者…最上位精霊と称するようになる。

 そして最後の一体には星の魔力、星の権能が与えられた。それはこの精霊達を統率する者に与えられた、二つの世界の管理権限。

 一つは精霊界…もう一つは人間界。まぁ、人間界の方は、正確には魔力の管理なんだけども。

 精霊達の持つ力の中で最も神に近く神に等しい権能、それが星の権能だ。それを神直々に与えられ、ありとあらゆる面倒事を押し付けられたのが──精霊達と魔力属性の統括者、精霊王だ。


 さて。これでもうお分かりだろう。

 ルーディは奪の魔力の最上位精霊だ。……確かルーディでまだ二代目だったか?

 最上位精霊と言う立場は世襲制で、先代の最上位精霊よりその権能を受け継いだ者が自動的にその属性の最上位に立つ事になる。

 だからこそ、各属性の下位精霊や上位精霊の間では日夜後継争いが起きているのだとか。

 これだけ魔力属性が存在しているものの、数百年前より人間に所持させまいと人間界にて絶滅させた魔力がいくらか在る。

 まず一つ目が奪の魔力。他には終の魔力、創の魔力、逆の魔力、悪の魔力…これらがそれに該当する。

 勿論それらの最上位精霊は代替わり等をして現在も精霊界に存在している。だが、人間にその魔力を与えられないよう、制約によって縛られている。


 ………あまりにも話が逸れ過ぎたね。そろそろ話を戻そうか。

 そう言った様々な理由があって、各属性の最上位精霊はその魔力の基盤となった権能を所持しており、特に亜種属性に関しては【新たに人間に魔力を与えない】と言う制約に抵触せず小規模な場合に限り、人間界での権能の使用を認められている。

 四大属性と比べて亜種属性は危険性の高い魔力属性が多い。だからこそ、制約にこのような項目が後から追加されてしまったのだ。

 ルーディも勿論それは理解している事だろう。ボクの命令ならありとあらゆる物を奪うと豪語していたが、決して実行する事は無い。何故なら制約に抵触してしまうから。

 制約に抵触する事がボク達精霊にとって如何程に厄介な事か、それは精霊ならば誰だって理解している。

 人間界と精霊界の間で神々によって勝手に交わされた制約──それに、ボク達精霊は何万年と縛られ続けているのだ。

 今までは別に気にしていなかったのだけど、今となってはこの制約が邪魔で仕方ない。

 制約を破棄出来れば、ボクだって本体で精霊界から出られるのに……アミィが無茶する時にそれを止められるし、手伝ってあげる事も守る事も出来る。

 だが制約が残る今、ボクに出来る事はアミィに加護をあげて間接的に護る事ぐらいだ。

 制約の所為で、ボクに限っては権能を扱う事が出来ない。精霊の中でも最も制約で縛られているボクは、エンヴィーやルーディよりもずっとやれる事が無い。

 アミィに加護をかけたり、魔法を教えてあげたり少しだけ魔法をかけてあげたり…それがボクの限界なんだ。


「マイ・ロード。魔力ついでに彼等の属性を奪ってみても構いませんか?」

「……あぁ、そう言えば昔、そんな実験をしてたな。でもすぐに止めろよ、そいつ等は殺すな」

「アイ了解、感謝感激! 嗚呼っ、久々の実験だ!!」


 もう魔力を奪い尽くしてしまったらしいルーディが、目を爛々と輝かせて実験を開始した。

 実験と言うのは、その人間の魂に刻まれた魔力属性を強制的に剥奪した場合、魔力原子の変換は正常に行われるのか……と言う内容の割と非人道的な実験だ。

 八百年程前にルーディを始めとした馬鹿数体が考えなしにこの実験を行い、何処かの土地と国を滅ぼしかけた為、強制的に実験を止めさせた事があった。

 魔力原子の変換が滞ると人間等の生物は魔力中毒なる致死率九分九厘の症状に至る。しかしそれは普通なら起こりえない事象だ。

 だがルーディの権能があれば、それを意図的に引き起こす事が可能だ…可能だからってやっていい訳では無いんだが。


「やっぱり属性の剥奪を行うと魔力炉が正常に機能しなくなるな……別の属性を与えた場合、魔力炉は機能するようになるのか? 早速試さねば!!」

「何度も言うが、殺すなよ」

御意オーケイ! 彼等の死の運命さえも奪ってみせるさ!」


 恍惚とした表情のルーディは、アミィを傷つけた男達で人体実験を行う。

 最初は魔力中毒による男達の呻き声が耳障りだったのだが…ルーディがあいつ等の声を奪ったようで、今はもう何も聞こえない。

 だがまぁ、男達が苦悶の表情を浮かべのたうち回っている事から、現在も実験の影響はかなりあるようだ。


「ふむふむふむ……別属性を強制的に刻んだ場合、拒否反応から強い魔力中毒と魔力暴走を起こしてしまうのか。やっぱり最初から刻まれてる属性じゃあないと魔力炉が正常には稼働しないのか。嗚呼、つまんねー」


 今にも死んでしまいそうなぐらいもがき苦しむ男達。それをまじまじと眺めては退屈そうにため息をつくルーディ。

 だがこれでもまだ男達が死んでいないと言う事は、確かにルーディが男達を死なないようにしてしまっているのだろう。

 本当に便利なものだな、奪の権能は。ボクの権能よりもずっと実用的で…羨ましい。


「……マイ・ロード。他に罪人はいないかい? もっと実験を…」

「…まぁ、罪人が現れたらまた呼んであげるよ」

「その日を今か今かと待ち侘びておくよ!」


 狂った笑顔を作りルーディが精霊界へと戻っていく。本当に実験が好きなんだな……人体実験を八百年間禁止してたの間違いだったか? 反動でルーディの実験したい欲が爆発しているようだ。

 ルーディを見送った後、ボクも地下監獄を後にした。

 叶うならばボクがこの手で罰を与えたかったけど…例の如く制約に阻まれるのでそれは叶わない。

 だがまぁ、ああしてあいつ等が苦しむ姿を見られたのだし、罰も与えられた。ならばもう言うべき事は無い。

 あの男達は次に人間の罰を受ける。それでもう十分だ。


「………」


 ピタリ、と四足歩行の猫が足を止める。ボクの頭は十分だと思っているつもりなのだが、心と体はそうでも無いらしい。

 先程の檻の前まで駆け戻る。声も魔力も取り戻し、騒々しく苦悶に喘ぐ男達に向けて、ボクは告げた。


「──ねぇ、やっぱり死んでくれない?」


 今のボクは、権能も大した魔法も使えない。だが…魔力原子を操る事ぐらいならば、簡単に出来てしまう。

 殺すつもりは無かったし、ただ罰を与え苦しめるだけで終わらせるつもりだった。

 でも……どうしてもボクが自分でこの男達を始末したくなった。アミィに傷を負わせたこの愚か者達を許せなかった。

 制約に抵触するかしないかのギリギリのラインで、ボクは男達を殺した。檻の中の魔力原子を消滅させ、生命維持を不可能にしたのだ。

 結果、男達は見るも無惨に苦しみながら死に絶えた。

 今度こそ、ボクはアミィの元へと戻った。静かに寝息を立てるアミィに近づき、その傍で体を丸めて猫は眠りにつく。

 そして本体であるボクもまた、一息つく事にした。お気に入りの紅茶をカップに注ぎ、背もたれに体を預けて紅茶に喉を鳴らす。


 ………おかしいな。あの男達を殺せば、きっと少しは心が晴れると思っていたのだけど。全然、変わりないな。

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