第36話いい事を思いつきました。2

 城へと続く道を静かに歩きながら、私は思いました。

 いずれ姫様が行動を起こされるのであろうと予想はしておりましたよ。ですが、まさか、昨日だとは。

 いつか行動を起こされるその時に備えて情報を集め、他にも何かお手伝い出来ればと一晩中様々な準備に走ったと言うのに。

 姫様を起こしにお部屋に伺えば、テーブルの上に見覚えの無い帳簿と何者かの血が付着した姫様の愛剣が置かれていました。

 その帳簿を見るとあら不思議、人身売買や奴隷取引の確たる証拠だったのです。何故それが姫様のお部屋に…? と思った時、隣の部屋から物音がしました。

 もしや侵入者が、と警戒した私は、常に服の中に仕込んでいる暗器を幾つか手に取り構えました。

 そしてそのまま扉を開くと……そこには見覚えの無い少年がいました。

 気持ちよさそうに寝息を立てる侵入者と思しき少年を、私はとりあえず縛り上げた。捕らえておいた方が良いかと思ったのです。

 先程の帳簿と言いこの少年と言い、何故だか妙に胸騒ぎがします。


 …そこで私の脳裏を、数刻前のカラスによる報告が過ぎったのです。

 何でも、人身売買が行われていたと予測される建物で騒ぎが起きていたとか。カラスのうちの一人が人身売買の拠点の捜索をしていた際に、目星をつけていた建物から大勢の子供が逃げ出していたらしいのです。

 何者かによって捕らわれていた子供達が解放されたのでは、とカラスは話していました。

 捕らわれていた子供達の脱走と姫様の部屋にあったあの帳簿……どう考えても無関係とは思えませんでした。

 そうやって一人で考えを巡らせていると、シルフ様が身軽に姫様のベッドから飛び降りて、


『…ハイラ、君に話しておきたい事があるんだ』


 と、この一晩で起きた出来事を粗方話して下さった。

 それを聞いた私は額に手を当て、とても大きなため息を吐きました。………まさか本当に姫様が本日行動を起こされていたのかと。

 それも昼間から私に内緒で皇宮を抜け出し、街に出ていたですって? その際に暴漢に襲われかけた上、見知らぬ男と親しくなった? 

 夜中の作戦中とやらに至っては御身自らが人身売買の拠点に商品として乗り込み、大人達相手に取引を持ちかけたり、互角の戦いを演じてみせたと? 努力家の姫様なのですからそれは当然ですが…それはそれとして。

 どうしてそのような危険な真似をなされているのですか!? 無茶にも程がありますよ! と、私は一度ベッドで眠る姫様に慌てて駆け寄り、布団を退かして見える範囲だけでもと姫様の御体に傷がないかと確認をしました。

 傷は全く無く、私が胸を撫で下ろしたのも束の間。シルフ様がこう仰ったのです。


『…足を刺されたりしてたから、アミィはかなりの重症ではあったよ。ただ、その場にいた司祭の男が治癒魔法で全部治したみたいだけど』


 その時、私の体はピタリと動きを失いました。簡単に言えば、絶句したのです。

 ……まさか、姫様の御体に、そのような傷が。例え今治っていようが、ただの一度でもそのような傷が姫様にあったと言う事実が、私の心を怒りと憎しみで燃やすのです。

 姫様に刃を突き立てた愚か者は何処に、私がこの手で引導を………そう思った時、それを見透かしたかのようにシルフ様は、


『その怒りはもっともだし、ボクもそう感じなかった訳では無い。だが、アミィがこれでいいと決めたのだから…ボク達は口出ししてはいけない』


 と悔しそうに仰りました。……なので私は、渋々、嫌々、何とか溜飲を下げました。

 しかし…どんな時でも事態に対応出来る辺りは、流石です姫様と言わざるを得ないのですが…その誰とでも仲良くなろうとなされる姿勢は、美しくもありますが時に姫様に牙を剥いてしまう事でしょう。

 あまり推奨出来ませんし、こと姫様に限っては正直褒められた行動では無いと思います。

 ですが……やはり、それでこそ姫様だと私は思ってしまうのです。誰よりも優しく、誰よりも臆病であり、誰よりも愛に焦がれる可愛い私の姫様。

 私は姫様の全てを肯定します。例えそれが間違った事であろうと、私はその全てを肯定し、姫様を支えます。

 …勿論、姫様を心より思うからこそ怒りを覚える事もありますし、姫様の最初にして一番の臣下として諌言を申し上げる事とてあります。

 しかしそれは愛故なのです。えぇ、姫様もきっと認めて受け入れて下さる事でしょう。


『詳しくは後でアミィに聞いてくれ。勘が良すぎる君の事だからどうせ隠してても気づくだろうし、それで頭ごなしに否定され怒られてしまってはアミィが可哀想だから、こうして前もってある程度話しておいたけど……分かってくれたかい?』


 成程。この一連の説明は姫様を思いやるシルフ様の独断と。…確かに、何も知らない状態であれば、目覚めたばかりの姫様を問い詰めていたかもしれません。

 こうして事前に説明いただけた事で、速やかに説教の方をさせていただけそうですし。

 シルフ様には感謝しかありませんね。


『はい。シルフ様が私に何をお伝えになろうとしていらっしゃるのかは、凡そ検討がついております』


 怒ってもいいが、あまり姫様を責めないないでやって欲しい……そう、シルフ様は仰りたいのでしょう。


『私は姫様の忠実なる一番の侍女…その言動を諌める事はあろうとも、否定する事はありません』


 胸元に手を当て、小さくお辞儀をする。

 姫様にハイラと言う名を頂いたあの日から、この気持ちは変わらない。

 私の言葉に満足されたのか、シルフ様は猫のお顔でニコリと微笑まれた…。


『そう、なら良かった。ああそうだ…アミィがね、作戦前に、後でいくらでも説教は受ける。と言っていたんだ』


 ……のも束の間、シルフ様の声が不自然な程に爽やかになりました。

 これはいい事を聞きました。つまり、姫様は絶対に説教をお受けになると! のらりくらりと躱したりはしないと言う事ですね!

 そうと分かった私とシルフ様は、ニコニコと微笑み合いました。

 その後、お疲れでいらっしゃる姫様がお目覚めになるまでしばしこちらで用意した資料の整理を行っていました。

 そして目覚めた姫様には……勿論、長時間に及ぶ説教の方をさせていただきました。途中からはシルフ様も参戦して下さり、それはもう実りある説教となった事でしょう。

 ………それに。姫様はこれから何かを成される際、極力一番に私を頼ると仰って下さりました。一番、一番ですよ? うふふ……はっ、このようなだらしない顔、姫様には絶対見せられませんね。


 そうやって数時間に渡る説教を終えた私は、姫様から頼み事をされたのです。

 私が用意したと言う体で、こちらの帳簿をケイリオル卿に渡して欲しいと。ケイリオル卿の方も件の人身売買の調査は後一歩の所で止まっているようでしたから、これが決定打となり、罪を犯した愚かな者達は法の裁きを受ける事となるでしょう。

 なので、ケイリオル卿を訪ねに城へと来た訳です。ケイリオル卿は多忙な方なので、そもそも会えるかどうかも分からないのですが……ケイリオル卿にあてられた執務室の方へと赴くと、慌ただしく人が出入りしているようでした。

 どうやら今は執務室にいらっしゃるようですね。良かったです、探す手間が省けて。

 人の流れに従い私も入室した所、書類の山に囲まれたケイリオル卿がいらっしゃいました。


「おや、わざわざ私の所を訪ねて来るとは…どうかしましたか?」


 ケイリオル卿は布をかけた顔を上げて、そう言いました。この間も手はずっと動いている辺り、流石としか言えませんね。


「事前の連絡も無く申し訳ございません。卿にお渡ししたい物がありまして」


 そう言いながら、私はケイリオル卿に帳簿を手渡しました。

 その帳簿を見たケイリオル卿は「これは…」と驚きの声を漏らしていました。


「……何故これを貴女が? もしや昨夜の一件と何か関わりがあるのですか?」

「………えぇ。私も、独自で例の件は調べておりましたので」


 ケイリオル卿が問うて来たので、私はそれに微笑みで返しました。

 ケイリオル卿もそれ以上は追及して来なかったので、特に難なく帳簿を渡す事に成功しました。


「成程…この帳簿はこちらで預かっても?」

「お任せ致します。ですが、これだけは約束して下さい。罪人達は徹底的に、完膚無きまでに潰すと」


 決してボロが出ぬよう、私は細心の注意を払い話す。ケイリオル卿はたまにまるで心を読んだかのように話す事があります。

 まぁ、そのような事はないでしょうが、彼が非常に察しと勘が良い人間である事に変わりはないでしょう。

 なので、注意を払うに越したことは無いのです。


「勿論です。我らが皇帝陛下の御世でそのような悪行を行った罪、最上級の報いを以て償わせますから」


 ケイリオル卿がここまで仰るのですから、罪人達の破滅は決定事項ですね。姫様がこれ以上気を揉む必要が無さそうで良かったです。


「有力な証拠の提供、感謝します。謝礼は何がよろしいでしょうか」


 さて、これにて私が姫様より任された仕事の方は終了したのですが、謝礼ですか。ふむ…ここは一つ、ケイリオル卿にお願いしてみましょうか。


「…姫様の外出許可を頂けますか? 姫様ももう十二歳になられました、そろそろ外の世界を知っても良い頃合いかと」

「王女殿下の外出許可ですか……」


 あの様子ですと、これからも姫様はここを抜け出そうとするでしょう。その度に危険な手段を取られては、私も心臓が持たないでしょう。

 なので、いっその事正式に許可を取ってしまえば良いと思ったのです。

 姫様が剣と魔法を学ばれると仰った際にも、ケイリオル卿から皇帝陛下に話を通して下さいましたし、今回もケイリオル卿が上手く動いて下さると信じ、私はこう願ったのです。


「良いですよ。私が許可を出したという事で、もう普通に外出されても結構です」


 ケイリオル卿はあっさりと許可を出して来ました。

 彼は早速新しい紙を取り出して、そこに外出許可の旨を記載し初めた。私がそれを覗き込んでいると、ケイリオル卿が「あぁ、ですが」と条件を提示して来ました。


「絶対に一人では外出しないよう、王女殿下にお伝え下さい。必ず誰かを伴い、尚且つ、外で王女殿下だと気づかれぬよう変装等もして下さい。それが条件となります」


 そう話しつつ、ケイリオル卿はそれも許可証に記していく。私はそれらに「分かりました」と首を縦に振った。

 それぐらいならば特に問題でもありません。全然可能な範囲です。

 こうしてケイリオル卿との交渉を終えた私は、姫様の外出許可証を片手に早足で皇宮へと戻りました。

 ケイリオル卿直筆の許可証を手に入れたとあれば、姫様は喜んで下さるでしょうか。褒めて下さるでしょうか。…このような烏滸がましい事を考えてしまうなど、私は侍女失格かもしれません。

 侍女で無くなってしまえばどうしましょうか、実家の爵位を継げば姫様のお力になれるでしょうか……。

 いいえ、まだそうと決まった訳ではありません。これは私のただの妄想です。

 なので今は──姫様にこの許可証をお渡しする事だけ、考えましょう。



♢♢



「……いやぁ、驚きましたねぇ。まさか王女殿下の外出許可を要求してくるとは」


 王女殿下唯一の専属侍女の顔馴染みの彼女が部屋を出た後、私は帳簿を眺めつつ小さな笑いを零した。

 正直な話、王女殿下の外出禁止は『うろちょろされて下手に陛下の視界に入ってしまえば王女殿下がどうなるか分からないから』と言う理由の元、それとなく私が陛下に進言して陛下から王女殿下に課された命令だったのですが…もう解除しても大丈夫でしょう。

 王女殿下の事に関しては基本的に陛下より一任されております故、私の独断でも問題ないでしょうし。


「ふっ、楽しみですね……この先、王女殿下が一体何をするのか。まだまだこの楽しい時間が続くと良いのですが──」


 おっと、独り言にしては声が大きすぎましたね。別に誰も聞いてませんが。

 それでは私は彼女が提供して下さったこの帳簿を使い、罪人達を破滅させに行きましょうか。

 こう言った汚れ仕事は私の得意分野ですしね。

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