第35話いい事を思いつきました。
夢を見た。真っ暗な世界の中、見えるものは自分だけ。
どうして光もないのに自分の姿が見えるのか分からなくて、辺りをキョロキョロと見渡しながら闇雲に歩いた。
暗くて、怖くて、冷たい世界。
よくよく見れば私は寝巻きに裸足だった。それを自覚した途端、急激に私の体は身震いする程の寒さに包まれた。薄手の寝巻きでは太刀打ち出来ないような、極寒に襲われた。
何が起きているのだろう。これは本当に夢? いいえ、夢以外の何かだとは考えられない。これはきっと夢だ。
「へぇ、案外冷静なモンだ。普通の人間ならこんな状況に陥ったら焦るか発狂する所だろうに」
突然、誰かの声が聞こえてきた。この空間に響き渡る低い美声が言葉を紡ぐ。
その声と共に、前方に人影が見えた。とても偉い人のような…高貴さを感じる服装の男性。
だが、その顔はペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶしたようになっていて、見えなかった。
でもどうしてだろう、この人とは、初対面ではない気がする。
「ん? あぁ、初対面かもしれんし初対面じゃないかもしれん。そこの判断はお前に任せるわ」
……心を読んでる? さっきと言い、この人はまるで私の考えている事を読んでいるかのように話している。
一体どういう事なのだろうか。それに、初対面かどうかの判断を任せるって…何言ってるんだろうこの人。
「初対面かもしれない相手に向かって失礼な奴だな〜。まぁ? とても偉大で寛容なオレサマは不遜な態度の一つや二つぐらいは見逃してやるがな」
偉大? 寛容? 偉そうな変人の間違いじゃあないのかしら。
「お前思ったより毒舌だなァおい。オレサマは本当にとーっても偉い悪魔なんだぜ?」
悪魔………そういえばこの世界って悪魔もいたわね。悪魔と言うか、魔族がいて…その中に悪魔も分類されるんだったかしら。
夢の世界に現れる悪魔……つまり、このヒトは夢魔って事かしら?
「オイオイ、勝手にオレサマを欲に負けた連中と一緒くたにするんじゃねぇ。オレサマは正真正銘混じり気のない悪魔だ」
男はそう言いながら、私が思い描くような悪魔らしい漆黒の両翼を背に出した。それはこの暗闇の中でさえも浮き彫りとなるほど黒く、闇の中でも存在感を放つものだった。
ただ、悪魔らしい羽を出された所でそれが純然たる悪魔である証明になるとは思えないのだけれど…偉大かつ寛容な悪魔は結構単純なヒトなのね。
「こいつ案外失礼な奴だな……まぁ、精霊共に愛されるような人間だから偏屈でもなんら可笑しかねぇな」
このヒト、シルフ達の事を知っているのかしら。
でも、確か魔族と精霊と妖精の三竦みは結構仲が悪いって何処かで聞いたような…。
「そうだな、オレサマ達は普段相互不干渉って事で互いの世界は勿論、中間にある人間界でも関わらないようにしようぜってなってんだ。何せ魔族も精霊も妖精もロクでもねぇ奴等ばっかりだからな」
自嘲気味に男は笑った。…シルフ達の事を馬鹿にされたようで私は少し、腹が立った。
男を睨んでみる。しかし男は私の視線に気づいても愉しげに笑うだけだった。
「別に馬鹿にはしてねぇよ? だってこれは事実だからな。オレサマ達魔族は他種族全てを見下し殺戮を繰り返す。精霊共は何かと理由をつけて人間達に過ぎた力を与えてはその結末を見物している。妖精共は気に入ったものを奇跡の均衡を崩してまで手に入れようとする。な、ロクでもねぇ奴等だろ?」
男がそう確認してくるが、私は縦にも横にも首を振る事が出来なかった。
私には、彼の言葉を否定する事も肯定する事も出来ない。魔族と会ったのはこれが初めてで、妖精とは会った事も無い。そして精霊は…少なくとも、私の知る精霊さんはとても優しいヒト達だから。
「…なんかすっげー気に食わん。精霊だけ良い感じに言われてんのはマジで癪だわ。超気に食わん。オレサマ達の事も褒めろよ」
何言ってんだこの悪魔。初対面の悪魔をどう褒めろって言うのよ……そもそも魔族は基本的に人間の敵じゃない。
人の夢の中に勝手に不法侵入しておいて随分と横暴な奴ね。
「お前マジで辛辣だな。これがお前の本性かー、いいモン見れたわー…それはそうと。ほら、褒めてみろ。このオレサマを賛辞する事を特に許してやる」
…えぇ……めんどくさいなこの悪魔…。これ本当に褒めなきゃ終わらない流れなのかしら。
めんどくせぇ、でもやらなきゃよね……ふむ、じゃああれで。いい意味で偉そう!
「褒めてんのかそれ」
褒めてる褒めてる。いい意味で偉そうとかすっごい褒め言葉。
「…ふーん、まぁ、賛辞なら受け取ってやらん事も無い。ほれ、次」
はっ? まだあるの? どれだけ欲しがりさんなんだよこの悪魔は。
……そうやって私はその後も暫くこのよく分からない悪魔を褒め続けた。
暫く、ある程度、褒め続けていると…悪魔はようやく満足してくれたようで、「ハハ、十分だ。良きにはからえ」と偉そうに肩を何度も叩いて来た。痛い。
「フハハハハハハ! いやぁ、毒々しい褒め言葉ってのも新鮮でいいな!」
悪魔は楽しそうに高笑いをあげた。しかし急に笑い声とその動きがピタリと止まる。電池の切れたおもちゃのように、悪魔は突如として黙り込んだのだ。
…何なんだ急に? とペンでぐちゃぐちゃに塗り潰されたような顔を見上げていると。
「…チッ、もう時間か。つまらんな……」
どこかの虚空を見つめながら悪魔は呟いた。
もしかして、もうすぐ目覚めるのかしら。ようやくこの変な悪魔をヨイショする謎時間も終わりね、と私は少しほっとした。
しかしこの目敏い悪魔はそれに気づいたようで…。
「………よぅし決めたぞ、絶対にまた会いに来てやるからな」
なっ!? また来るのこの悪魔、やめてよもう来ないでよ不法侵入しないでよ!
「ハハハッ、そもそも会おうと思えば何時でも会えるんだぜ? オレサマが会いに来てやれるのはひとまずは夢の中だけだがな」
いやだから来んなって言ってんでしょ。別に私は貴方に会いたいなんて欠片も思ってな──。
「じゃあな、オヒメサマ。また会う夢を楽しみにしておけ」
人の話聞けよ! おい! 言い逃げするな!!
私の怒りも虚しく、妙に腹が立つ高笑いと共に悪魔の体が徐々に消えてゆく。その際、一瞬、悪魔の顔が見えた気がした。
黒く染まった瞳に、アメジストのような妖しく光る紫色の虹彩。それはほんの一瞬しか見えなかった筈なのに、強く私の記憶の中に残るのだった。
暗闇に一人取り残された私は、のんびりと夢から覚める時を待ち続けた──……。
♢♢♢♢
「っあ〜〜。疲れたぁ、もう無理耳が痛いよぉ」
ベッドに倒れ込みながら、私は情けない声をあげた。
時は昼頃。私はハイラさんとシルフによって数時間に及び行われた説教に身も心もヘトヘトだった。
「…それでは姫様、私は帳簿を渡しに行きますので、くれぐれも…」
「分かってるよ、もう勝手に抜け出したりしないから」
「………では、行って参ります」
じとーっと訝しげにこちらを暫く見つめた後、ハイラさんは例の帳簿を持って部屋を後にした。
奴隷商は潰せたが、その大元は今ものうのうと生きている。だから私は大元たるデイリー・ケビソン子爵を徹底的に叩き潰す為にあの帳簿を持ち帰った。
そして私は、それをハイラさんからケイリオルさんに渡すように頼んだ。…勿論、帳簿はハイラさんが独自のルートで入手したという事にしてもらって。
叶うなら私の功績にしたい所なのだが…流石に皇宮から脱走した挙句、単身奴隷商に乗り込むなんて蛮行を世間と皇帝が許す筈もない。
だから奴隷商解体の件の功績は大人に譲ったのだ。
…ちなみに、この事は説教の後に話した。と言うか、朝起きて一番に見た物が怖いくらい綺麗な笑顔のハイラさんだったのだ。
ハイラさんは机の上に置かれていた帳簿と私の愛剣、そして隣の部屋にいたシュヴァルツを見て、色々と気づいてしまったらしい。
起きて早々、縄でぐるぐる巻にされたシュヴァルツを傍らに転がすハイラさんに説明を求められ、『あっ、これ説教めちゃくちゃ長くなるやつだ』と察した私は正直に全てを話した。
勿論ハイラさんは怒った。とても怒ってて怖かった。
何故相談して下さらなかったのですか? 何故そのように危険な真似をするのですか? 何故、何故……と長時間に及ぶ説教に、途中からシルフも加わってしまい本当に辛かった。
しかしハイラさん達の言う事全てが正論なので、私はぐうの音も出なかった。今回の事は完全に私に非があると自覚しているので、私は甘んじて説教を受けた。
途中で朝食兼昼食の休憩を挟んで通算およそ四時間にも及ぶ説教が、先程ようやく終わったのだ。
…本当に疲れた。いやマジで。
もう説教の事は良いだろう。私も反省したし、これから何かしでかす時はちゃんと一番にハイラさんにも相談し協力してもらうという事で手は打ってもらった。
……いや何でこれでハイラさんが納得してくれたのかよく分からないけども。
それはともかくだ。説教の後、ハイラさんから調査の報告を聞いた私はいくつかの案を講じた。
ハイラさんに頼んだ調べ物というのは、ずばり帝都と帝都郊外の町村にある教会や孤児院の事だ。
奴隷商に捕われる子供達の中にはもしかしたら親に売られてしまった子もいるのかもしれない。そういうの本で読んだ事あるし。
なので、そう言った子供達の為にどこかの施設が子供達を受け入れてくれたらなと、現在の定員数や巷の評判等色々と調べて貰ったのだが……ハイラさんが優秀過ぎるのか、たったの一晩でその報告が上がったのだ。
それも、何故か奴隷商がこれまで行って来た数々の悪事等……私が昨夜潰した組織に関わる情報も一緒に。もしかしたら、察しの良すぎるハイラさんがついでにこちらも調べておいてくれたのかもしれない。
そういえば、私が奴隷商を潰しに行ったと話した時、ハイラさんの表情が驚きと納得に変わっていた気がするし。
さて、そのハイラさんの報告はと言うと…現時点だと、どの教会も孤児院も定員がいっぱいいっぱいとの事。
貧民街の住人も徐々に増えつつあり、それと同時に孤児も増加しているらしい。
なので、これ以上子供を受け入れるのは難しそうだとか。地方の領地の教会や孤児院であればまだ定員は空いているかもしれないが、子供達の体力面を考慮したならば、馬車での長距離移動は無理だろうと言う結論に。
うーん、困った。どうしようか。
ベッドから起き上がり、私は長椅子に腰掛けてハイラさんが持って来た資料と睨めっこする。しかし特にいい案は思いつかなかった。
しかしその時、同じ様に資料を眺めていたシュヴァルツが数枚手に取って見せてきた。
「ねーねーおねぇちゃん、こっちの資料はなんなのー?」
「ん……貧民街の土地とか空き家の情報ね。やっぱり、古い建物が多いのね…廃棄物処理もままならないから、ゴミが集まる掃き溜めみたいな場所もあるみたい」
それを受け取り内容に目を落とすと、そこには貧民街の情報が事細かに記されていた。
貧民街の中でも更に格差があるようで、まだ比較的に綺麗な区域と誰も近寄りたがらないような区域があるらしい。例の掃き溜めはその中心辺りにあるようだ。
この不衛生な掃き溜めの影響で貧民街ではよく病が流行り、その度に多くの人が命を落とし……最悪な事に、そのご遺体はその場に放置されるか掃き溜めに棄てられるかのどちらからしい。
本当に酷い話だ…と思うのは私が元日本人かつ皇族だからだろうか。本当に自分勝手な感想だと思う。
……そう言えば、シュヴァルツは表向きにハイラさん紹介の私の内弟子と言う事になった。子供の私に内弟子がいるのも結構おかしな話ではある。
「……ねぇ、シルフ。どんなに不衛生な掃き溜めでも掃除すれば人が住めるようになるかな」
膝の上で丸まっていた猫シルフにそう尋ねる。
シルフはツンとしながらも答えてくれた。
「ただ掃除するだけじゃあ駄目だと思うよ。掃除した上で浄化とかしないと、その土地にこびりついた穢れは取れないからね」
「浄化………」
浄化と言えば光の魔力の専売特許。私には到底無理な話だ。
どうせなら今度ディオさん達を尋ねる時に掃き溜めを掃除して子供達が住めそうな集合住宅でも建ててやろうかと思っ……て……。
「そうだ! 私が孤児院を作ればいいんだ!」
どこの孤児院も定員オーバーなら、新しく孤児院を作ってしまえばいい。
そうすればきっと子供達の件は片付くだろう。後は土地の事だが……私達には心強い味方がいるじゃないか。お人好しかつ希少な光の魔力を持つお兄さんが!
何度迷惑をかければ気が済むんだと言われてしまいそうだが、土地の浄化はリードさんに土下座してでも頼もう。
後は孤児院建設の費用と人材と材料か………あ、いい事思いついちゃった。
「確かまだ私にあてられた予算ってかなり残ってたよね…最低でも氷金貨二千枚ぐらいは残ってた筈。あれは私の財産みたいな物だし、どう使おうが私の勝手よね、うん」
全ての費用は私が請け負おう。ずっと皇宮の中にいるから特に欲しい物も無く、必要最低限にしか予算を使わない六年間だったので…国から私個人にあてられた
ならばここで一気に解き放ってやろうじゃないか!
貧民街を放置し続ける無情の皇帝に代わって、私が少しでも貧民街をより良くしよう。
そうなったら、今度は彼等が安定して給金を得られる職業等も用意しなければならないな。
ああっ、やる事が多い! だけど特訓ばかりの日々には少し退屈していた所なんだ。丁度良いじゃない。
偽善者による
「……アミィ、また変な事企んでない…?」
「おねぇちゃんなんか楽しそう〜、ぼくも混ぜて!」
私の様子に怪しんだり好奇心を躍らせたりする二人に、まずは一通りの説明をする事にした。
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