第34.5話ある伯爵の独白
だが、絶望の中で立ち止まっている暇はなかった。
私は妻と赤ん坊──メイシアの為に奔走した。
メイシアは延焼の魔眼に加え膨大な火の魔力を保有していた。だからこそ、メイシアが産声をあげた瞬間に漏れ出た膨大な魔力に、延焼の魔眼の力で火が着いてしまったのだ。
その為、我が商会に名を連ねる技師に魔導具の義手を作るよう依頼した。改良に改良を重ね、半年も経つ頃には、メイシアの膨大な魔力を吸収・貯蓄可能な魔導具の義手を作る事に成功した。
これでメイシアの膨大な魔力の管理制御については解決。
次に延焼の魔眼。我が身の不甲斐なさ故にこんな不自由を強いる事となり、メイシアには本当に申し訳無いが……目隠しで眼を隠す事にした。
幼子に満足に世界を見せてやる事すら出来ないなど、父親失格だと何度歯を食いしばった事か。
こんな風に様々な対策をしつつ、メイシアが物心つくと、まずは少しずつ魔力と魔眼の制御の訓練を始めた。
メイシアはネラに似てとても賢く心優しい子で、だからこそ、ある日ネラが寝たきりになっている事が自分の所為だと気づいてしまったらしい。
何度も『それは違う』と否定しても、メイシアは塞ぎ込んで耳を貸してくれなかった。
それが、メイシアがたった五歳の時の話である。
その時にはもう目隠しは外していたのだが──、あの時のメイシアの泣き出しそうな瞳と、その下に必死に作り上げていたぎこちない笑顔は未だに脳裏に焼き付いている。
メイシアはあまり外に出たがらない子供だった。勿論、幼い頃は危険だからと私達が外に出ないよう諭していたのだが……もう外に出ても大丈夫だとなっても、メイシアはずっと家の中にいた。
ある日私は、メイシアをパーティーに連れて行った。
ここでメイシアに同年代の友達が出来て、少しでも明るくなってくれればと思ったんだ。
……だが、私の思惑とは真逆に、メイシアは涙を流しながら『もう帰りたい』と私に縋ってきた。
その時。メイシアの両手に着いていた手袋が無くなっている事……そしてメイシアの顔に石をぶつけられたような跡がある事に気づき、全てを察した。
……──私は、また過ちを犯した。
こんな所、来るべきじゃなかったんだ。
人の口に戸は立てられない。あれ程箝口令を敷いたのにも関わらず、社交界ではメイシアの事や我が家の事が噂となっていたなんて。
それに気づかずメイシアをこんな地獄に連れて来てしまった。
ああ、やっぱり私は父親失格だ。
『……ごめんな、メイシア。こんな所に連れて来てしまって。もう帰ろうか』
『ぅぐっ、ひぐ……』
『今日はメイシアの好きな夕食にしよう。夜はメイシアの好きな絵本を読もう。そして一緒に寝よう。大丈夫、私がずっと傍にいるから』
『…………っぅ、おと、ぅ……さ……っ』
いつも全然感情を表に出してくれないメイシアが、こんなにも辛そうに泣いている姿を見て、私は腸が煮えくり返りそうになった。
私はその場にいた子供達とその親達を睨み、告げる。
『────私の娘を傷つけた報いは、しかと受けて貰う』
メイシアを抱き上げ、背中を摩りながら私はパーティー会場に背を向ける。
縋るように『お待ちください!』『どうか、どうかお許しを!!』と貴族共が喚くが知った事ではない。子の不始末は親が償う、ただそれだけの事だろう。
我がシャンパージュ家の爵位は伯爵だが、その実、貴族達に影響を及ぼす権威だけで言えば帝国の四大侯爵家程はある。
帝国建国時から続く由緒正しき家門であり、皇室より
──故に。
フォーロイト帝国で商いに関わる者ならば、貴族であろうがなかろうが……我が家門の力で簡単に潰せるのだ。
あのパーティーにいた子供達と親達の顔と名前は全て把握している。
なので私は、メイシアを傷つけた者の家門をじっくりと、念入りに時間をかけて潰した。
実に簡単だった。彼等彼女等が生業としている商業よりも優れたものをこちらで用意し、酷い経営不振に陥ってから一生働けば何とか返せる程度の借金を作らせ、首が回らなくなる寸前で買収。
これであちらは多額の借金を負ったまま収入源を失い、貴族としての納税も出来なくなり呆気なく没落。その爵位は返上された。
これを幾つもの家門相手に同時進行で行った為、後からケイリオル卿から『流石にやりすぎですよ』と苦言を呈されてしまったが。
私は、噂話なんてどうでも良かったのだが……これのおかげでメイシアに牙を剥く輩が減るかもしれないと思い、積極的に敵対する者達を丁寧に没落させていった。
これも全てメイシアの為だ。
いつか必ずネラを助ける為だ。
……──そう考えると、私はいくらでも極悪非道になれたのだ。
メイシアはいつもこう言う。『屋敷の皆と、おとうさんとおかあさんがいればいい』──と。
メイシアがそう言うのならと私も無理に友達を作れとは言わないようにしたが、それでもやはり思うのだ。
メイシアを受け入れ、メイシアを明るく広い世界に引っ張っていってくれるような──……そんな友達が、いつか出来ればいいと。
私ではどうしても無理なそれを実現する誰かが現れる日をずっと待っていた。だからこそ、その願いが叶う日がこんなにも早く来るなんて、思いもしなかった。
ある日、私が数名の侍従と共にオセロマイト王国にある取引の確認をしに行っていた時の事。
ようやく仕事を終え、夜中になってようやく戻ると邸宅全体が騒然としていた。慌てる侍従達が口にした言葉を聞き、私は荷物を地面に落とした。
──メイシアが、行方不明になった。
いつの間にか姿を消していたメイシアが、まだ見つからないのだと。
呼吸が荒くなり、鼓動が早くなる。最悪の展開に酷く狼狽し、私はまともな判断が出来なくなりそうだった。
『旦那様! 旦那様が落ち着き指揮を取らねば、一体誰がお嬢様を見つけると言うのですか!』
その時オルロットにそう諭され、私は何とか頭を落ち着かせて命令を下す。
『っ邸宅の者全てに告ぐ。屋敷の事など放っておけ、明朝よりメイシアの捜索に全ての人手を費やす! オルロット、街の警備隊に人手を寄越せと要請しろ。いくらでも脅して構わないし、いくら金を積んでも構わない!』
『はっ!』
侍従達が慌ただしく動き出す。その際に一人の侍女が恐る恐る声をかけてきた。
『あのっ、旦那様! 奥様のお世話の方は如何致しましょうか……』
『っ…………三人残れば問題ないか?』
『はい! 問題ありません!』
寝たきりのネラの世話をする侍女が三人残り、その他全ての侍従はいくつかの組み分けを作り、手分けして時刻制でメイシアの捜索にあたる。
そうやって、私達の約三日間に及ぶ捜索が始まった。
メイシアは大変愛らしく目立つので、目撃情報のようなものは多く出てきたのだが、肝心の居場所は全く掴めない。
それがまた不安を煽り、最悪の想像をさせてくる。
……どんな形であろうと、メイシアが無事に帰って来てくれたらそれだけでいい。毎晩、ネラの元で私は祈っていた。
メイシアの事が心配で、毎日眠らずにメイシアの帰りを待っていたのだ。
そして、メイシアが行方不明になってから三日後の真夜中。涙を浮かべたオルロットが執務室に駆け込んで来た。
それは待ち望んだ吉報。それを聞いた私は廊下を疾走し、玄関まで急いだ。
大勢の侍従達が涙を流し立ち尽くす中、私はメイシアを勢いよく抱き締めた。
ずっと、三日間我慢し続けていた涙を溢れさせながら、私は何度も無事で良かったと繰り返した。
そんな私達を見守っていた少女に気づいた私は、慌てて少女に礼を告げる。
どこからどう見ても貴族であろう少女。
しかし、帝国貴族の大半の顔と名前は把握していると自負する私だが、それでもあの少女については心当たりが無いのだ。
記憶に無いのに、どうも引っ掛かる。確かにどこかで見た覚えがあるのに、それは記憶のどれにも該当しなかった。
だから私は尋ねた。その末に少女が名乗ろうとした時、私はかつてない程に自分の目を疑った。
それと同時に、先程の妙な既視感の答えを得たのだ。
今の今まで確かに桃色だった少女の髪が、透き通るような銀髪へと変わる。
そして、少女は名乗った。
野蛮王女と世間で噂される、現帝国唯一の王女殿下の名を。
王女殿下はメイシアと共に、年相応の少女のように笑っていた。
身分だとか立場だとか噂だとか──煩わしいものは一切無視して、王女殿下はメイシアに接して下さった。
それにはきっとメイシアも救われた事だろう。そして、身勝手ながら私も救われたようだった。
ずっと願っていた娘の幸せを、少しずつではあるが叶えられそうで──……そのきっかけを下さった王女殿下に、私は心より感謝していたのだ。
ネラの痩せ細った真っ白な手を握り、懇願するように呟く。
「なぁ、ネラ。君にも是非見て欲しいよ、メイシアの笑顔を。君に似てとても可愛らしいんだ。だから、早く目を覚ましてくれ…………」
そして、共に王女殿下にお礼を言おう。
深く忠誠を誓おう。私達の可愛い一人娘を救ってくれたあの心気高き姫君に、感謝の限り、恩返しをしよう────……。
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