第33話家に帰りましょう。
「もう夜も遅いし、何かあっては大変だろう? 子供達の事はディオ達が手分けして家に送るらしいから、安心して君達は家に帰りなさいな」
リードさんはにこやかに微笑む。
優しいように見えるけれど、これは有無を言わさない笑顔だわ。絶対に私達を家まで送ってやるって意思が伝わってくる。
「……そろそろ帰ろっか、メイシア」
「スミレちゃんがそう言うなら」
メイシアと目を合わせて小さく笑い合い、リードさんに温かい目で見守られながら二人一緒に立ち上がる。
そして歩き出そうとした時、リードさんがおもむろに口を切った。
「それじゃあ行こうか──と言いたい所なんだけど、生憎と僕は旅人の身でね。君達の家の場所を知らないから、案内してもらえると嬉しいな」
首に手を当て面映ゆい様子でリードさんが言う。妙に締まらない彼の姿に、私とメイシアは大きく口を開けて笑った。
まず先にメイシアをシャンパージュ伯爵邸まで送る事になり、メイシアの案内で私達は歩き出す。
その途中でディオさんへの用事を思い出したので、私はメイシアとリードさんに少し待ってほしいと頼み、ディオさんの所に駆け寄った。
「ディオさん!」
「どうした、スミレ」
ディオさんと、やけに眉間に皺を作る美人なお兄さんがこちらを見下ろしてくる。
「まだディオさんの家の場所を教えてもらってなかったので!」
私がそう言うと、ディオさんは、こいつマジか。と顔を引き攣らせた。
だが引き下がるつもりはないと視線を送り続けると、ディオさんは大きくため息を吐きながら「一回しか言わないからな」と渋々教えてくれた。
やがて説明を終えたディオさんに眉間に皺のあるお兄さんが、
「流石に一回で覚えるのは無理だろうから、もう一度ぐらい言ってあげよう。合理的に考えてな」
と苦言を呈する。
「合理合理ってうるせぇな、
「俺はシャルルギルだそ? ごりらではない」
「
ディオさんと眉間に皺のあるお兄さん──シャルルギルさんが小突きあっている。
ちなみに
閑話休題。一度では覚えられないと不安を口にするシャルルギルさんに向け「大丈夫です!」と宣言し、
「帝都西部大通りの王城側より見て五番目の中通りに入って、しばらく直進した後小川の橋を渡り西部地区に入った後、赤い屋根の家の前で右折して突き当たりを更に右折、道なりに進んだ後旧時計塔の前で左折した後に見える三番目の家──であってますよね?」
ペラペラと復唱する。
確かに複雑ではあるが、授業で歴代皇族のフルネーム及び生年月日没年功績全てを覚えた私からすれば、これぐらい赤子の手をひねるようなもの。
ドヤ顔で我が記憶力を発揮したところ、ディオさんとシャルルギルさんはこちらを見下ろし愕然とした。
「…………何で覚えてんだよ」
「お前は凄いな。貧民街に住んでる俺ですら、未だに覚えられず迷うのに」
いや住んでるなら迷っちゃ駄目でしょう?! と心の中でツッコミを入れる。
「記憶力はいい方なので!」
褒められて調子に乗った私は、ふふーんと胸を張った。
それを彼等は「はいはいすごいなー」「天才だ……!?」と軽くあしらって、
「てかあそこ、リード達待たせんじゃねぇの?」
暗に早く帰るよう促してきた。
「あっ、それじゃあ私は家に帰りますね」
「おう。ガキはさっさと帰れ」
ぶんぶんと大きく手を振ると、ディオさんはぶっきらぼうに見送ってくれた。
メイシアとリードさんの元に駆け足で戻りながら、私は一度振り返って大声で伝える。
「後日改めてお伺いしますのでーーっ!」
そうディオさんに向かって伝えると、ディオさんもまた大声で返してくれた。
「そこまで言うなら期待しとくからな!」
その返事を聞いて、私は満足した。
ディオさんの期待にも応えられるよう、色々と準備しないと。ディオさん達関連でやりたい事がいくつか出来たんだ。
明日から忙しくなるぞぅ!!
「待たせてしまってごめんなさい! それじゃあ帰りましょうか」
メイシアとリードさんの元に戻り、私達はようやく帰路に着こうとした時。誰かが私の背中に飛びついてきた。
「わわっ!?」
「驚いたぁ? あはっ、ぼくだよ!」
真夜中にも関わらず随分と元気な声が聞こえてくる。それは私の予想通り、シュヴァルツだった。
そんなシュヴァルツの登場にリードさんはあんぐりとしていた。
「ねぇシュヴァルツ、どうしてここにいるの? ディオさん達が皆を家に送ってくれるって話だったけど……」
「あのねぇ、ぼくこの世界のどこにも帰る家が無いんだぁ」
えっ、と驚嘆の声が零れ落ちる。
シュヴァルツはあっけらかんと語るが、それは私達から言葉を奪うには十分なものだった。
「んーっと、別に帰る家が無いのはどうだっていいんだよねぇ。だからそんなに気にしなくていいよぉ〜〜」
明るく笑うシュヴァルツが痛々しく見えてきて、私達は更に押し黙る事となった。
子供にこんな事言わせてしまうなんて……っ!
私の心に後悔と自責の雨が降り注ぐ。その雨が止む気配は無くて、せめて雨宿りを──と思い提案する。
「……──うちにおいで、シュヴァルツ。私の助手とか弟子とか言えば、きっと大丈夫だから」
私の気休めにしかならない提案だったが、シュヴァルツ的には全然アリだったようで、
「ほんと? やったーっ! これからよろしくねぇ、スミレ……うーん、お世話になるなら他の呼び方の方がいいかなぁ。あっ、そうだ!」
彼は無邪気な笑顔で飛び跳ねて喜んだ。
「──おねぇちゃん、とかどうかなっ?」
シュヴァルツのキラキラした瞳が私を貫く。その下にある笑顔が、どこか不気味だつた。
「ええと、シュヴァルツ君の帰る家も出来た事だし、早く帰ろうじゃないか。きっと親御さんも心配してるよ」
リードさんにそう言われ、私達は改めて帰路に着く。
──親が心配しているという言葉に、一人だけ虚しさを感じながら。
だがここには可愛いメイシアとムードメーカーのシュヴァルツと優しいリードさんがいる。だからか、その虚しさもあっという間に楽しさで掻き消された。
しかし楽しい時間程すぐ終わりを迎えるもの。気がついたら、東部地区にあるシャンパージュ伯爵邸の前まで到着していた。
黒く美しい門とそれに繋がる塀。その奥に見える大きな邸宅は、現当主であるホリミエラ・シャンパージュが妻子が過ごしやすいようにと十数年前に全面改装したらしい。
この邸宅全てが、シャンパージュ伯爵の妻子への愛の深さを物語っている。
何せシャンパージュ伯爵は、メイシアの為に
フリードルのルートでメイシアが焼身自殺を行った後、シャンパージュ伯爵はその原因となったフリードルにだけは絶対に忠誠を誓わないと宣言していた。
それ程にメイシアをこよなく愛するシャンパージュ伯爵は、きっとメイシアがこんな時間まで帰って来なくて気が気でなかっただろう。
夜も遅いからと遠慮していたのだが、それでもとメイシアに手を引かれシャンパージュ伯爵家にお邪魔する。
なんと四日近く行方不明だったらしいメイシアが数日振りに見つかったとの事で、こんな時間なのに邸宅内は大騒ぎ。
エントランスに次から次へと使用人が雪崩こんできては、メイシアの無事に涙していた。
そして、予想通りではあるのだが。
使用人の方々に負けず劣らず酷く心配した顔で姿を見せたのが──ホリミエラ・シャンパージュ伯爵だった。
彼はメイシアの姿を見るなり、涙を流しながら彼女を抱き締めた。
何度も何度も「本当に良かった」と声を絞り出す様子から、メイシアへの深い愛情をひしひしと感じられる。
「──申し遅れました、私はシャンパージュ家当主のホリミエラ・シャンパージュです。この度は行方不明となっていたメイシアを見つけて下さり、心より感謝申し上げます……!」
数分間熱い抱擁を交わしていた親子だったが、途中で私達に気づいた伯爵が礼儀正しくお辞儀をして来たので、
「お力になれたようで何よりです」
濡れたり焦げたり返り血が付いたりとボロボロなスカートを少し摘み、こちらもお辞儀する。
「是非皆さんにこのお礼をしたいので、お名前を伺っても構いませんか?」
彼の言葉を聞き、私はひっそりと逡巡する。
このまま正体を隠し通すべきか? いや、それともどうせいつかバレるだろうから、いっその事明かしてしまおうか?
「……僕はリードという者です」
「ぼくはシュヴァルツだよぅ!」
リードさんとシュヴァルツが名乗り、シャンパージュ伯爵を初めとした周りの人達の注目が私へと集まった。
覚悟を決める。きっとシルフは近くにいてくれているだろうから、小声で「お願い、魔法を解いて」と頼む。
すると期待通りシルフがそれを聞き届けてくれたようで、私の髪の毛は徐々に元の銀色へと戻っていった。
突然私の髪色が変化した事に、誰もが目を見開き唖然とする。
そして改めて一礼し、
「……──私の名前はアミレス・ヘル・フォーロイト。今までずっと隠してて、ごめんなさい」
罪悪感に蝕まれつつも、王女らしく笑ってみせた。
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