第31話奴隷解放戦線4
ドンドンッ、ドドドンッ! と大きな音を立てて、人が階段を転がり落ちていく。
「あれ生きてるかな……」
「あの人、まだ起きないけど……死んじゃったのかな」
それを私とメイシアは階段の上から冷や汗と共に眺めていた。
事の発端はほんの数分前。ここまでクソ野郎をなんとか引っ張って来たはいいが、どうやって階段を降りるか……と顔を見合わせた。
私達はどちらも非力な少女であり、ここまでなんとか引きずって来ただけで、もうヘトヘト。
さてどうやって階段を降りようかと話し合った末に、先にクソ野郎を落としてから私達は優雅に降りる事にしたのだ。
驚くことに、ここまでやってクソ野郎は目を覚ます気配を見せない。……そりゃあ、死んだ? って不安にもなるよね。
「メイシア。もし万が一あの人が死んでたら、その時は私が全ての責任を負うから。貴女は何も心配しなくていいわよ」
「っだめ! わたしも、わたしもちゃんと一緒に……!」
私が、いやわたしが! と互いを庇い合っていた時、階段の下に何者かが現れた。
「なんだ今の物音は……って、ここの管理者じゃねぇか!? まさか階段を踏み外しでもしたのか……? 情けねぇな」
残念なものを見るような目でクソ野郎を見下ろしているディオさんに、メイシアと一緒に階段を駆け下りながら声をかける。
「ディオさん! どうしてここにいるんですか!?」
「あっ、お前……っ! おい無事か、怪我はねぇのか!? ってかなんでもう一人ガキがいるんだよ!」
ディオさんはメイシアの姿を見て驚愕を表す。その声に驚いたのか、メイシアは肩を跳ねさせ私の背に隠れた。
「ちょっとディオさん、この子怖がってるじゃないですか。そんな大声出さないでくださいよ」
「はぁ?! わ、悪かったな大声出して……」
ディオさんは後頭部をガシガシと掻きながら、小さい声でそう謝ってきた。
「それより、お前──怪我は? 用事とやらは済んだのか?」
ディオさんは屈んで、目線を合わせ優しく問うてくる。もしかして、さっきメイシアが怖がったから気をつけてくれたのかも。
メイシアから帳簿を受け取って、ディオさんに見せつけるように胸の高さに掲げる。
「この通り、完璧です!」
「……そりゃ良かったな。で、怪我は?」
彼の言葉に反応して、無意識のうちに怪我した方の足を隠すように動かしてしまう。ディオさんは目ざとくそれを見たようで、
「おいお前さては足を怪我したな? 何があった」
ずい、と詰め寄られてしまう。
「……」
「言え」
暫く無言を貫いたのだが、それでもディオさんはこちらをずっと見ていて……私が先に折れてしまった。
何があったのか、足の怪我を見せつつ事の経緯を全て話す。話が進めば進む程険しくなっていく彼の表情に、私は何故か恐怖より後ろめたさを感じていた。
「……俺は、お前がどこの誰かもその真意も何も知らねぇ。だけどな、少なくとも今俺達は手を組んだ協力者なんだろ」
怒りとはまた違う何かを孕んだ声で、彼は語る。
「──どうしてもっと俺達を頼ろうとしなかったんだ? 俺達をお前の目的の為に利用するのなら、どこまでも利用すれば良かっただろ。なのにどうして、お前は必要最低限しか俺達を利用しなかったんだ?」
その片目は、悲痛や後悔に揺れていた。
……だからだろうか。気がついたら、勝手に口が動いていたのだ。
「…………私の事情だから。下手に巻き込んで、危ない目に遭って欲しくなかったの」
ボソリと呟く。
「人に飛び蹴り食らわせといて、変に遠慮がちなのは何なんだよ」
彼は呆れたように言う。
「……私の事よりも、子供達を逃がす方を優先したかった」
ぽつりと呟く。
「そんなの俺の仲間だけで十分だ。俺一人抜けようが抜けまいが問題ねぇっつの」
彼はため息混じりに言う。
こうやって話していると、目尻がまた熱くなってきた。
「私一人で何とか出来ると思ってた」
「そういうのは本当に一人で何とか出来てから言えよな」
「こんな風に怪我するなんて、思ってなかった」
「……痛かったか?」
私の言葉に、毎度ディオさんはぶっきらぼうに反応する。しかし最後だけ、ディオさんが優しくそう聞き返して来たのだ。
「痛いに決まってるじゃん。ずっと、ずっと我慢してたのに。どうして痛いのを思い出させたの」
「悪かったな、俺は気が利かない男なんだわ」
意味不明な八つ当たりをしたのに、ディオさんは怒る訳でもなく私の頭に大きな手を置き、
「──ここまでよく頑張ったな。もうガキは休め」
頭をわしゃわしゃと掻き乱してきた。
突然の子供扱いに戸惑い、照れ臭くなる。
痛みと照れ臭さに襲われるなか、ディオさんはおもむろに私を抱え上げた。
「わっ!?」
「怪我してんだろ、集合場所まで連れて行ってやるよ」
片手で軽々と私を抱えたディオさんは、流れでメイシアにも怪我の有無を問うた。しかしメイシアは無言で首を横に振るだけで、ディオさんもこれには少し困った様子。
「……そうか。じゃあ自分で歩けるな?」
ディオさんは再度確認をとる。するとメイシアは一度頷き、小さな歩幅でディオさんに駆け寄った。
「さて──それじゃあそろそろ噴水広場に戻るか」
「あっ、待ってディオさん! あの男も連れて行って欲しいの!」
クソ野郎を指差し、頼み込む。
ディオさんがどうしてとばかりに私を見てきたので、私はそれに即答した。
「あいつを警備隊に突き出せば、きっと謝礼金が貰える筈なので!」
したり顔を作り、空いている手で親指を立てる。
そんな私を見て彼は「ふはっ」と弾けるような笑い声を漏らした。
「はははっ! お前……っ、歳の割に抜け目無さすぎだろ! はは、あっはっはっ!!」
「……むぅ。これもディオさん達の為なんですけど」
「そりゃあありがてぇが、そんな事を十二歳のガキに言われる日が来るたぁ思わなかった。期待してなかったが、謝礼金か──随分といい報酬だ!」
ディオさんは何か勘違いをしているみたいだ。これはあくまでもついでの事であって、報酬はちゃんと後々渡すつもりなのに。
「これは報酬じゃないですよ?」
「は?」
「報酬はちゃんと別で、後日お渡しします。あっ、そうだお宅の場所お伺いしてもいいですか? 報酬を渡しに行きますので」
「──は?」
ディオさんは宇宙を彷徨う猫のような顔をしていた。
それも暫くすると元通りになり、クソ野郎をもう片方の手で抱えて、ディオさんは子供達の待つ噴水広場まで連れて行ってくれた。
すると、あちらの人達もどうやらこちらに気づいたようで。
「あっ、アニキーー!」
エリニティさんがぶんぶんと大きく両手を振って、ディオさんに駆け寄ってくる。
「良かった、スミレちゃんも無事だったんだ! ってあれ、そっちの子は……?」
慌ててディオさんの後ろに隠れたメイシアだったが、エリニティさんはメイシアの事を随分気にしているようで。
「この子は、その、私のとっ──友達……の、メイシアです」
「っ!」
ひゃーっ、友達って言っちゃった! いいよね、私達きっと友達だよね!? そう思ってるのは私だけじゃないよねっ?!
友達が少ない私は、そんな事で際限のない不安に襲われた。
不安を解消すべく、肩越しにゆっくりとディオさんの背中を覗き込む。すると、メイシアがキラキラとした瞳でこちらを見上げていて、私と目が合うなり顔を赤らめ何度も強く頷いていた。
いよっしゃあああっ!! この世界初の女の子の友達ゲットォ!!
今まで精霊さんか男友達しかいなかった私にとって、初の女友達とは憧れそのもの。それがまさかこんなにも可愛い女の子だなんて! 嬉しすぎて顔がニヤけちゃう!!
「へぇ、そっちの君はメイシアちゃんって言うんだ。オレはエリニティ。よろしくねー、メイシアちゃ──……」
挨拶をしているだけのようだが、エリニティさんの言葉と笑顔は、メイシアの顔を見た瞬間にぴたりと停止する。
それと同時にエリニティさんの頬が徐々に色づいていく。何故かは分からないが、鐘の幻聴が聞こえてきた気がした。
「……運命だ」
心底嬉しそうな面持ちで、エリニティさんがボソッと呟く。
「運命だッ! オレはついに運命に出会ったぞぉおおおおおおおッ!!」
「っ?!」
突如、天を仰ぎながらエリニティさんが大声で叫び出す。
それにはメイシアも酷く驚き怯えた様子で後退る。
どうやら一目惚れしたらしいエリニティさんとメイシアを引き離すべく、その後しばらくはディオさんと協力して奮闘し──見事、二人を引き離すのに成功。
私はメイシアを連れて子供達が集まる場所を目指した。
なんでも聖職者の方がいらっしゃるとかで、子供達の治癒をしてくれているらしい。その為、怪我人の私と付き添いのメイシアはその聖職者の元に向かったのだ。
そしてディオさんはというと──「説教してくる」と言ってはクソ野郎共々エリニティさんを引き摺っていったのであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます