第23話いざ潜入任務!
両手を縄で縛られ、頭に布袋を被せられてどこかへと連れて行かれる。私の手を縛る縄は前を歩く男が握っていて、私はその男が進むままに歩いていた。
肌寒さを感じる部屋──おそらく、地下室か何かだろう。気配からして二十人近くこの空間内にいる。
子供のすすり泣く声や酷い暴行の音が聞こえてくる。叫び声や呻き声がこの場で行われている非人道的行為を物語る。
……ごめんね。後で絶対助けるから、もう少しだけ我慢してて。
「おい、そいつはなんだ」
「妹の代わりに私を連れて行けとか言って出てきたから連れて来たんだ。中々の上玉だぜ」
誰かに話しかけられ、男は立ち止まる。その会話の流れで、私の顔に被せられていた布袋が取られた。
目に映ったものは、薄暗い地下空間。
左右には牢が広がっており、その中にはたくさんの子供がいた。
チラチラと周りを観察していると、小太りの男がいやらしい視線を全身に浴びせてきた。
「ほぉ〜、確かに上玉だな。こりゃ売るのも勿体ねぇなぁ」
「だろ?
「ちっくしょー、羨ましいなぁ」
男達のくだらないやり取りを眺めていると、突然縄をぐいっと引っ張られた。
「そろそろ行くぞ。お前の檻はこっちだ」
商品にするつもりがあるのかしら、ちょっと扱いが雑じゃない? と思いつつ、今は大人しく従う。
やがて一つの牢の前に辿り着き、男が錠を開けて言う。
「オラ、さっさと入れ」
押し込むように背中を叩かれ、牢に入る。
中には四人の子供がいた。
「……普通ならもうちょっと騒ぐモンなんだがな。ま、どうでもいいがよ」
男は牢に鍵をかけ、吐き捨てるように言いながらこの場を離れていった。
──ここは奴隷商の拠点。
なんと私は、こうして敵の本拠地に潜入する事に成功したのだ。
さてどうやってここまで上手い事やってのけたのか。それは遡る事数十分前──……。
♢♢♢♢
「──という訳で。これより作戦名【自分から捕まりにいっちゃおう作戦】を決行します」
日も沈み辺りが暗くなってきた頃合。私は、路地裏でシルフと内緒話をしていた。
読んで字のごとく、奴隷商の本拠地をつきとめるなら商品としてそこに行くのが一番手っ取り早いんだし、自分から商品になりに行こうぜ! という作戦だ。
シルフには大反対されたのだが……やると決めたのだから、今更立ち止まるつもりは毛頭ない。
ここに至るまでに、下準備は終わらせてきた。
一度東宮に戻り、ハイラさんに少し調べて欲しい事があると頼み事をした。きっと今頃、それらについて調べてくれている事だろう。
なので、今私が東宮を抜け出した事に気づく人はいない。もう今日は休むから朝まで来なくて大丈夫よ──とも伝えたので、私が朝までに全てを終わらせればオールオッケーなのだ。
「わざわざ着替えちゃってさ……どうしても、その作戦とやらを止めるつもりはないの?」
シルフが唇を尖らせる。
彼が言うように、作戦決行にあたって奴隷商に目をつけられそうな格好──町娘風の服に着替えてみたのだ。ちなみに、ポケットには例の煙幕玉が入っている。
愛剣と煙幕玉と魔法。これだけが私の武器である。
しかし……魔法を使うだけで、まさかこんなにも簡単に城を出入り出来るとは。こんな事ならもっと早く抜け出しておけばよかったなぁ。
「今更止めるつもりはないよ。それに、この服装の方が普通の女の子みたいでしょ? こっちの方が狙われやすくなると思ったんだよね」
ひらりと服の裾を舞わせてみる。
すると、ダンッ! とまるで机を叩いたような音が聞こえてきて、
「っだから! どうしてそんな事を進んでやるんだ! 凄く危ない事なんだよ、分かってるの!?」
それに続くようにシルフが叫んだ。
突然の大声に肩を跳ねさせる。初めて聞く彼の怒声に、思わず言葉を詰まった。
「……で、でも。これは──私だけがやれる事だから。何事にも相応の危険は付き纏うもの、それを恐れていては何も成せない愚者となってしまうわ」
そうだ、失敗や危険を恐れていてはこの世界で生き延びるなんて難しい。ましてや幸せになるなんて不可能に決まっている。
だから私はリスクを犯す。その先に、何か得られるものがあると信じて。
「どうして、君は……そう……」
「ごめんね。後で説教は聞くから」
シルフからの返事は無く、彼はそのままパッと姿を消した。
傍に猫がいたら怪しまれるから、姿を消してついて来てくれるのかな?
「それじゃあ早速──潜入任務といきましょうか」
剣の鞘についている紐を肩に掛け、それごと剣を水の膜で覆う。
つまり──……
苦節数年。先日ようやく完成したこの魔法を使って、城から抜け出す事に成功した。既にかなりの実績を誇るこの魔法で、
消費魔力量が凄まじいのであまり多用は出来ないが、必要経費なのでこれでもかと使用する。
人気の無い道をとてとて歩いていると、やけに注目を集めていた。どうやらこの時間に女一人だと目立つらしい。
最近、街で女の子が行方不明になる事件が多発しているそうだし、そういう意味でも目立つのだろう。
そんな事件が多発しているのに、帝都の警備隊は何やってるのかしら。
私に権力があれば今すぐにでも警備隊を弾劾するんだけどな。残念ながら私にそんな権力はない。
現帝国唯一の王女という地位も、事実上の砂上の楼閣だからね。
我が身の虚しさにため息を零した時。どこからともなく女の子の叫び声が聞こえてきた。
「っ、どこだ……!?」
その叫び声に釣られて横道を覗き込むと、そこには細身の男に腕を掴まれている女の子の姿があった。
「いやぁ! 放して!!」
「うるせぇっ、黙らせてやってもいいんだぞ?!」
女の子は涙を浮かべながら必死に叫ぶが、男は問答無用で誘拐しようとする。男が持っていた布袋を女の子に被せようとしたので、私は慌てて飛び出した。
「──待って! 妹を離して!」
「なんだァ、お前」
男が疎ましそうにこちらを睨んでくる。
緊張で早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、肩で風を切りながら一歩ずつ近づいてゆく。
「妹を連れて行かないでください! 妹の代わりに私を連れて行っていいから……お願いします、妹だけは助けてください!!」
「なんだこいつ……っ!?」
そして勢いよく男の足に縋り付き、水を目元に程よく発生させて、まさに妹の為に我が身を犠牲にする姉を演じる。
涙を溢れさせながら瞳を見開く女の子に向けて一瞬笑いかけ、存在しない妹の為にと泣き縋る。
「妹は……っ、妹だけは助けてください! お願いします!」
もしここでこの男が二人共連れて行くと言ったら、どんな手段を使ってもとにかくこの女の子だけは逃そう。
「何言って──いや、いいか。お前は好きに逃げろ」
「いたっ」
男はそう言うと女の子を乱雑に突き飛ばした。女の子は地面に倒れ込み、全身を震わせながら私を見上げている。
そんな女の子に向けて私は告げる。
「……お姉ちゃんは大丈夫だから、先にお家に帰ってて」
「い、や、でも……っ」
「早く帰らないとお母さんが心配しちゃうよ。お姉ちゃんは遅れるって伝えといて」
「〜〜〜〜ッ!!」
もう一度彼女に向けて笑いかけると、女の子は「ごめ……ん、なさいっ」と言い残し、涙ながらに走り出した。
「家族愛ってやつか? いい姉ちゃんだな」
反吐が出るぜ、と言いながらニヤリと口角を上げ、男は布袋を頭に被せてきた。
そのまま手首を縄で縛られどこかへと連れて行かれる。
そうやって無事潜入に成功し、敵の本拠地へと辿り着いたのだった。
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