第24話いざ潜入任務!2

 牢の中をぐるりと見渡す。ここには私以外に子供が四人いるらしい。

 この子達も、他の檻にいる子達も、全員逃がしてあげないと。


「もう監視とかいないよね?」


 ボソッと呟きながら、私は全反射を解除して剣を出す。それには他の子達も驚いたようで、


「な、何してるの……?」


 女の子が恐る恐るそう尋ねてくる。

 私からは、暗くて人影しか見えないのだけれど、少しだけ届く通路の光であの子達からは私が見えているのかもしれない。


「あのね、私はここにいる皆を助けに来たの」

「たす、けに? あたし達を?」

「ええそうよ」

「あなた一人で?」

「一人だけど安心して。私、けっこう強いから!」


 そうやって、暗がりから聞こえて来る声と会話を繰り返していると。


「──ふざけないでっ! あなた一人で何ができるって言うの? 私達と歳も変わらなさそうなあなたが、大人の男達相手に何ができるって言うのよ! 無駄に期待させないで!!」


 影が一つ動き出し、赤褐色の髪の女の子が叫んだ。彼女は私の両肩を掴み、必死の形相で迫ってくる。


「メイシアからも何か言ってよ! この子、馬鹿みたいな事言ってるのよ!?」


 女の子の言葉に、私は一瞬思考を止めた。

 そっと彼女の手を退かして、メイシアと呼ばれた少女の元に駆け寄る。

 失礼します、と言いながら俯く彼女の顔を上げて、その顔を至近距離で見つめて私は確信した。

 まさかこんな所で会う事になるなんて。

 だって、この子は────


「……メイシア・シャンパージュ」


 彼女の名はメイシア・シャンパージュ。

 帝国市場を支配するシャンパー商会の運営元、帝国の特異点シャンパージュ伯爵家の令嬢にして、ゲーム二作目のサブキャラクター。

 人形の如き愛らしい容姿には似つかわしくない重苦しい闇を抱く、魔女・・と呼ばれた少女。


 生まれた時に火の魔力が暴走して人体発火。それにより右の肩から先を失った為、幼い頃より右手に魔導具の義手を持つ。

 更に彼女は延焼えんしょう魔眼まがんと呼ばれる、見たもの全てを燃やせる強力な魔眼を持っていた。

 それが、彼女が魔女と呼ばれる由縁。

 それが、彼女の抱える闇だった。


 ゲームでは、『フリードル・ヘル・フォーロイト』『マクベスタ・オセロマイト』の帝国組と呼ばれる二人のルートでのみの登場だったが、ほぼモブに等しい短さの登場で彼女は大きな爪痕を残していった。


 時は建国祭。ミシェルちゃんはフリードルとマクベスタと共に建国祭を見て回る事になり、それなりに祭りを楽しんでいた。

 しかし、そこで事件が起きる。なんと皇室に恨みを持つ者達の手で祭りを壊されそうになるのだ。

 祭りを壊す男達を捕まえようと警備隊や帝国騎士団は躍起になるが、犯人達は暴れて無辜の民に被害が出た。

 ミシェルちゃん一行もまたその場に居合わせ、どうすれば犯人達を止める事が出来るのかと逡巡していた時。

 ふらりと一人の少女が現れた。


『───燃えて』


 ぼんやりと光る赤い瞳。メイシアは、己が視界に映る犯人を燃やしてみせたのだ。

 延焼の魔眼を持つ火の魔力保持者など、まさに鬼に金棒。視ただけでなんでも燃やせるのだから、圧倒的脅威に他ならない。

 突然十人近い男が火に包まれ更に現場は混乱を極める。火だるまとなる男達から人々が逃げ惑う中、メイシアは責任感からその場を動かずただじっとそれらを見つめていた。


 無辜の民の避難が済むと同時に、犯人は警備隊に取り押さえられた。

 火だるまになった犯人達に大量の水をかけ、ミシェルちゃんは治癒魔法を使ってまで助けようとしたのだ。ミシェルちゃんマジ天使。

 

 その後、あれがメイシアによるものだと気づいたフリードルがメイシアを捕え、彼女は大人しくそれを認めた。

 ここまでが本編シナリオ内で語られた事。ここから先はフリードルのSSショートストーリーのうちの一つ、【魔女狩り】から抜粋する。


 フリードルのルートでのみ、メイシアは殺人未遂の容疑で投獄される。騒ぎを起こした犯人達を捕らえる事に貢献したとは言え、メイシアは殺すつもりで火を放ったと語った。


『───何も悪くない人が傷つくぐらいなら、悪い人は死ぬべきだと思いました』


 たった一言。その一言は、メイシアの尋問に参加していた騎士達を震え上がらせた。

 そしてメイシアは突きつけられる。

 ──処刑か、延焼の魔眼を差し出すか。

 メイシアは後者を拒んだ。これの所為で苦しんだのは確かだが、それでも譲れないものがあったらしい。

 後者を拒み秘密裏に処刑される道を選んだ──……が、なんと彼女は処刑される前日に命を絶った。


 メイシアは魔法封じの牢獄に入れられていたにも関わらず、磨かれた鉄格子に僅かに反射した自分自身を視て・・焼身自殺を実行した。

 処刑されてしまえば死体がどう扱われるか分からない。

 死んだ後この魔眼を利用されるぐらいなら、魔眼諸共灰になろう────。そう、たった十四歳程の少女が決意して自ら業火に身を投じたのだ。

 その死に際から、彼女は死後に業火の魔女と呼ばれるようになったらしい。


 月も見えぬ夜に行われた自殺。

 衛兵が異変に気づき駆けつけた時にはメイシアの体は完全に焼き尽くされ、魔眼も原型を留めていなかった。

 その場に残ったものは……メイシアの膨大な魔力を抑制していた魔導具の義手と、何か・・の成れ果ての灰だけ。

 それが、メイシア・シャンパージュという少女の最も残酷な最期であった。

 

 そんなメイシアが今、私の目の前にいる。

 まるで紅玉ルビーのような赤い瞳と、絹のように美しい藍色の長髪が相まって、本当にお人形さんのよう。

 メイシアは名前を呼ばれて驚いたのか少し目を見開いて、


「どうして、わたしの名前を?」


 不安げにこちらを見上げた。

 ここでハッとなり、メイシアの顔から手を放してそれに答える。


「私も貴族のようなもので。まさか、伯爵令嬢の貴女がこんな所にいるなんて……やっぱり来てよかった」


 目に見える所には傷が無さそうだし、まだ酷い事はされてないのだろう。メイシアの身に何も無かったようで、とりあえず胸を撫で下ろした。


「本当に、わたし達を助けてくれるの?」


 メイシアが私の服の裾をくいっと引っ張る。手袋越しでも分かる程、その義手みぎては少し震えていた。

 そりゃあそうだよね、皆怖かったよね。……やっぱり来てよかった。


「その為にここまで来たから。安心して、私が皆を助けてみせるから!」


 どんと胸を叩く。すると、メイシアは不安そうにしながらもゆっくりと頷いた。

 そして、メイシアが私を信じてくれた事により他の女の子達も信じようと思ってくれたらしい。

 その証か、ナナラとユリエアという可愛い名前を教えて貰えた。二人は幼なじみらしく、先日二人でお使いをしていた時に一緒に攫われてしまったとか……。


 いつ奴隷にされるかも分からないこの状況で、無駄に期待させるような事を言う私が現れたものだから、つい声を荒らげてしまったのだと謝ってきた。

 これは私が悪いと私も謝った。ロクな説明も無しにそんな事を言っても困惑させるだけだったよね、と。

 そうやってお互いに謝りあっていると、この牢の中にいる最後の子がようやく会話に参加してきた。


「それでぇ、結局どうやって皆を助けるのぉ?」


 白髪に黒いメッシュが入ったふわふわの髪と満月のような金色の瞳を持つ少年が、コロコロコロと転がりながら聞いてきた。

 至近距離だと意外と顔も見えるもので、彼が美少年なのだとよく分かる。


「えっと──、とりあえず全ての牢の錠を壊して、皆を逃がして……」

「ふむふむそれから?」


 見切り発車で決行したこの計画、奴隷商の拠点に潜入するまでは良かった。しかし馬鹿な事にその後の事を何も考えていなかったのだ!

 しかし、少年を始めとしてナナラもユリエアも期待に満ちた目でこちらを見つめてくる。


「──悪い大人を倒して、警備隊に突き出す?」


 最早計画とは言えない杜撰な計画。

 顔が熱くなるのがとても分かる。


「あっははは、いいねぇそれ! そういう事ならぼくも一枚噛ませてもらおうかなぁ!」


 少年は寝転がったまま楽しそうに笑う。


「そういえば、君の名前は?」

「ぼく? ぼくはねぇ────そうだっ、シュヴァルツって呼んで!」


 妙な言い回しが引っかかるが、シュヴァルツの可愛らしい満面の笑みによってその疑問は掻き消される。

 それにしてもかっこいい名前だなぁ、おい。

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