第21話初外出で厄介事とは。4
何とか人目につかずあの場を離れ、大通りの一角にある食堂で私は頬杖をつき考えを巡らせていた。
政府の目を掻い潜る奴隷商、デイリー・ケビソン子爵の事。
それと、突然動かなくなった肩乗り猫シルフの事。
今もなお弁慶状態なのだが、あんなに動き回ったのに一切落ちる気配が無かった。流石は精霊さん、ファンタジーだわ。
壁際の小さな席でジョーヌベリーの氷菓子を堪能する。ほどよい酸味と口の中いっぱいに広がる甘みが氷菓子ならではのひんやりとした刺激と共にやって来ては、非常に満足感を与えてくれる。
ん〜っ! ジョーヌベリーの氷菓子美味しい!
だらしない顔になっているだろうが、今の私は王女ではない。ならば、誰にも咎められまい。
ジョーヌベリーの氷菓子を味わっていると、突然誰かが机の上にコトッ、とグラスを置いて話しかけて来た。
「相席しても構わないかな」
深緑の髪を三つ編みにして肩に流している、落ち着いた雰囲気の男性だった。暗めのローブを羽織っていてその服装はよく見えないが、その所作からしておそらくは貴族の人だろう。
「構いませんよ」
「…………ありがとう。ああ、それは君が飲みなさい」
「いいんですか?」
「うん。それは僕の奢りだから、気にせずどうぞ」
男が差し出してきたグラスにはオレンジ色の液体が並々注がれている。何の飲み物だろうかとじっと見つめていると、男が「それはジョーヌベリーの
まさか追加でジョーヌベリーが味わえるとは。お兄さんには感謝だわ!
ありがとうございます。とお礼を言って、早速グラスを傾ける。すると、
「──本当に飲むなんて」
そんな事を呟きながら、男はぎょっとしていた。
「えっ、飲んじゃ駄目でしたか?」
「いや……飲んだら駄目という訳ではないんだ。ただ、君は貴族のご令嬢だろう? それなのに見知らぬ男から出されたものを何の疑いもなく飲むなんて──と思ってね」
男は信じられないとばかりに眉をひそめていた。
私、今までずっと東宮にいたからこの世界の常識とか知らないんだけど……知らない人から渡されたものって飲んじゃ駄目なのね。
しかし、どうして私がやんごとない身分であるとバレているのだろうか。やっぱりそういう高貴なオーラが出ちゃってるのかしら?
「じゃあ次からは気をつけますね」
先程の私はまだ常識に疎かった為、あのような行動に出てしまった。しかしもう学んだので、同じ徹は踏まないとも。
ニコリと笑ってみせると男は小さくため息を吐き出して、
「はあ……すまないね、変な事を言って無闇矢鱈と怖がらせてしまって。あまりにも君が無防備なものだから、つい、声をかけてしまったんだ」
深々と頭を下げてきた。それに慌てて「頭を上げて下さい!」と伝え、彼が頭を上げてくれたところで更に続ける。
「あの、どうして見ず知らずの私に声をかけたんですか?」
「君のような無防備な貴族の子供はろくでもない大人達の格好の餌なんだ。だから手遅れになる前に、この場から離れさせようと一芝居打ったんだよ」
なんとこの人は私の身を案じて、自ら憎まれ役を買って出てくれたらしい。
めちゃくちゃいい人だ。ジョーヌベリーの
「それなのに、君は僕が差し出したものに躊躇いなく口を付けた。もしもの事があればどうするんだよもう……」
ゴンッという音と共に男の額が机に落ちる。
「ご心配ありがとうございます、お兄さん。ところで、どうして私が貴族令嬢だと気づいたんですか?」
どこにでもあるようなローブとシャツとズボン。そして謎の猫。誰がどう見ても、この格好では貴族令嬢とは思わないだろう。
しかし彼は看破した。後学の為にもその理由を聞いたところ、彼は一瞬きょとんとした後くすっと笑って。
「君、この店の誰よりも姿勢が良いんだよ。いくら姿を変えようと、体に染み付いたマナーはそう簡単には取れないものだからね」
彼を貴族の人だろうと私が判断したのと似たその理由に、「あっ」という声を漏らす。
「これからは姿勢も気をつけるようにしますね」
「いやいや、これからとか無しにしよう? 一人じゃ危ないって僕の忠告は全て無視されてしまったのかい?」
「大丈夫です。五人ぐらいなら同時に相手出来ます」
「君、貴族令嬢だよね……?」
男は呆れたようにため息をつきながら顔に手を当てていた。
最初こそ落ち着いた雰囲気の男という印象を抱いたが、今ではただの優しいお兄さんという印象が強くなった。
「私、スミレって言います。これも何かの縁ですし、お兄さんのお名前を伺っても良いでしょうか?」
スミレというのはアミレスからアを抜いて残りの文字を入れ替えたら出来た名前だ。本名を名乗る訳にはいかないから、偽名を名乗ったのである。
「僕は──そうだね、リードとでも呼んでくれ」
お兄さんはリードさんと言うらしい。優しい雰囲気の彼に良く似合う名前だ。
「分かりました。では、リードさん……で良いですか?」
「何から何まで丁寧なお嬢さんだ。それで構わないよ。こちらはスミレちゃん、でいいかい?」
「はい。問題無いです」
リードさんが爽やかな笑みを浮かべながら握手を求めてきたので、私もそれに笑顔で応えた。
そして私達はのんびりと会話を始めた。会話の種にとリードさんが話題を提供してくれたので、特に退屈する事なく過ごせた。
リードさんは旅をしているらしく、これまで色んな国々に行ってきたのだとか。そんなリードさんによる旅の話はとても面白くて興味深かいものだった。
外の世界を全然知らない私でも、聞いているだけでその情景が脳内にも溢れるようで──……いつか本当にその国へと行ってみたいと思わせる。
ちなみに、フォーロイト帝国に来たのはほんの数日前で、現在はここの近くの宿屋に宿泊しているらしい。
「リードさんは東方の国出身なんですよね?」
「そうだね、僕は連邦国家ジスガランド出身だよ。まあ、東の国と言えば大半がジスガランドに名を連ねているのだけど」
リードさんは苦笑し、店員さんを呼び止めて新たにジョーヌベリーの
連邦国家ジスガランドとは、リンデア教という宗教の元に東の六つの国が集まり形成された連邦国家である。
つまり、超がつく程の宗教国家なのだ。
この大陸にも宗教はたくさん存在するのだが、その中でも信者数がずば抜けた二大宗教がある。
リンデア教を信仰する名もそのまま、東のリンデア教。
天空教はそのまま天の神々を崇める宗教で、リンデア教はかつて唯一なる神へと至った一人の人間を崇める宗教だ。
ちなみに──実はその国教会の一番偉い人が、二作目の攻略対象の一人だったりする。
人類最強の聖人だなんて肩書きを持つ、誰よりも純粋な青年。ゲーム二作目において、しっかりと
蛇足だが、フォーロイト帝国は宗教の統一を行っていない珍しい国で、様々な暮らしや様々な教えが混在する国だ。
別にわざわざ統一しなくても民は皇帝に忠誠を誓うし、下手に宗教統一を行って権力が分散する。なので、歴代フォーロイト皇帝は信仰の自由を許してきた。
私はあくまでも元日本人として、神道を信じておりますので……この世界の神々にはあんまり興味ないですね……ハイ。
「ジョーヌベリーの
程なくして店員さんがグラスを持って現れる。それを受け取ったリードさんが片方、私に差し出してきて。
「スミレちゃんも一つどうぞ。好きなんだろう、甘いもの?」
リードさんは大人の余裕を感じさせる笑みで言い、自身も果実水に喉を鳴らした。
この人の観察眼には驚かされる。まさかそんな事まで見抜かれていたとは……!?
「──お言葉に甘えて。いただきます、リードさん」
もう一度ジョーヌベリーの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます