第20話初外出で厄介事とは。3

 ──アミレスが不審な男達に囲まれた同時刻。王城にて。



 よく晴れた青空の下、王城敷地内のいつもの場所でオレは自主練に勤しんでいた。

 今日はアミレスも師匠も先生も来ていないようで、完全にオレ一人だった。

 ……いつもなら、アミレスが剣を片手に小走りでやって来ては『マクベスタも自主練なの? 一本どう?』と模擬試合を申し込んで来たりするのだが、今日はどうやら本当に来なさそうだ。


「ふッ、ふッ」


 頭の中で数字を数えながら、風を切って素振りをする。師匠が基礎は大事だがやり過ぎはよくないと言っていた。何事も休憩や息抜きが大事だと。

 

「はぁ……アミレスは今頃何をしているんだろうか」


 澄み渡った青空を見て、彼女を思い出した。

 ──彼女と出会ったのは、一年程前。

 オレの祖国オセロマイト王国は手工芸や芸術などがよく発展していて、いざ戦うとなればどこにも勝てないような弱い国だ。そんな我が国が生きていく為には大国の機嫌を窺う必要がある。

 オセロマイト王国はフォーロイト帝国と隣接しており、古くからフォーロイト帝国の友好国として知られている。

 ……だが、その友好がいつまで続くか分からない。

 だが、オセロマイトはフォーロイト帝国の庇護無しではすぐに滅んでしまう。そんなオセロマイトがフォーロイト帝国への従属の証として送ったのが、オレだ。


 送るものは、従属を示す為にオセロマイト王国の直系王族である必要があった。王太子には兄上がついているから、王位継承にも興味が無い第二王子のオレが行くのが丁度良かったのだ。

 偶然にも、フォーロイト帝国の次期皇帝と謳われる皇太子フリードル・ヘル・フォーロイト殿下はオレと同い歳だった。加えて、オレも彼も剣を習う者同士だった。

 そういう縁もあって、オレは人身御供と言うよりかは親善交流のつもりでフォーロイト帝国に来たのだが…………そんな気はしていたが、誰も相手にしてくれないのだ。


 オレのような小国の王子相手にへりくだる必要もゴマをする必要も無い。

 だからこの国の騎士達が、オレに対してぞんざいな態度を取る事も仕方無いと納得し、なんとか飲み込んでいた。

 フリードル殿下に関しても同様だ。彼は皇太子だからかとても忙しく、暫く剣の鍛練は行わないと言われてしまった。

 結局、遠路はるばる帝国に来たにも関わらず、オレは毎日用意された部屋を抜け出しては人気の少ない所で一人で素振りをしていた。


 そんな時、突然声をかけられたのだ。

 フリードル殿下とそっくりの容姿を持つ少女──……帝国唯一の王女、アミレス殿下に。


 彼女は剣を振るオレを見て、あろう事か『一緒に剣の特訓をしませんか?』と言ってきた。帝国の唯一の王女が剣と魔法の特訓をしている事に、オレは驚愕を隠しきれなかった。

 彼女は体を動かす際は薄手のシャツにズボンという非常に軽い服装に、白銀の長髪を一つに結わえていた。

 見た目も声も大変愛らしい少女なのにその言動は何故か王女らしくなく、いつもこちらの調子を崩されてしまう。

 ……そんな彼女と過ごす特訓漬けの日々が楽しくて、いつの間にか敬語も敬称もオレ達の間からは無くなり、まるで古くからの友人のような距離感となった。

 だからこそこうして会えない日がとても珍しく、寂しく感じてしまう。


 もうすぐ会えなくなると考えると……余計に。

 元々オレは一年半程こちらに滞在して、オセロマイトに戻る予定だった。

 何せフォーロイト帝国にあまり歓迎されない事は予想出来ていたので、最初からそのつもりでいた。

 ──それなのに。アミレスと出会い目まぐるしく日々が過ぎて、気づけばあっという間に一年も経ってしまった。

 あと半年もすれば、オレはオセロマイトに戻り兄上の補佐をしなければならなくなる。

 別にそれが嫌な訳では無いんだが、ただ、アミレスや師匠達との特訓がもう出来なくなるのだと思うと……少し、いやかなり悔やまれる。

 模擬試合だろうが何だろうがもっとアミレスと剣を交わしたい。もっとたくさんの事を師匠達から学びたい。

 なのに、その期間がたったの半年しかないなんて。


「…………どうしてオレはこう、運が悪いんだ」


 はぁ……と項垂れる。するとその時、誰も寄り付かないようなこの場所に人がやって来た。

 ハイラさんは、キョロキョロと辺りを見渡しながらアミレスの名前を呼んでいて。


「姫様ー、いらっしゃいますかー?」

「どうかしましたか」


 今日、アミレスはここに来ていないと伝えようと声をかける。するとハイラさんはこちらに気づいたようで恭しくお辞儀した。


「これはマクベスタ殿下。私の姫様をお見かけしませんでしたか?」


 私の? まぁいいか、ここはしっかりと伝えなければ。


「いいえ、少なくともオレがここにいる間には見かけていません」

「本当ですか? それはおかしいですね……」


 ここにアミレスは来ていないと伝えると、ハイラさんの表情が曇った。

 おかしいとは? と問うと、ハイラさんはオレの目を見て不安げに言った。


「姫様がいつも特訓の際にお召しになられる衣服と姫様の愛剣が、お部屋のどこにも無いのです。勿論姫様もシルフ様もいらっしゃいませんでした。なので、本日も自主練をしていらっしゃるものだと思いこちらに来たのですが……」


 そういえば、昨日、アミレスが妙にそわそわしていたような気がする。もしかして今日何かあるのか?


「ですが、オレはアミレスを見ていません。一体どういう事なのでしょうか」

「本当に……何だかとても嫌な予感が致します」


 ハイラさんの表情を見ていると、オレまで不安になってきてしまった。

 程なくして『もう少し姫様をお探ししてみます』と言いハイラさんがどこかへ向かうのを見送った後、オレは不安を吹き飛ばそうと素振りを繰り返していた。休憩も挟まず、日が落ちるまでずっと。

 ……──この時は、本当に嫌な予感が的中するなんて、思いもしなかったんだ。



♢♢



「さて。それじゃあ話して貰いますよ……一体誰の差し金なんですか?」


 意地悪男だけを近くの路地裏に連れてゆき、剣先を喉元に突き立てて私は問い詰める。

 先程私達がいた場所には早くも人が集まりつつあり、流石に人前で大人を脅す訳にもいかないので姿を隠したのだ。

 しかし注意は怠らない。私は水を限りなく細分化して擬似的な霧を作り出し、辺りに霧を立ち込めさせた。


 これはシルフより学び、自分なりに水の魔力の汎用性について考察した末に編み出した魔法だ。

 水の魔力はいい。本当に何でも出来て便利だもの。

 今まで誰もそうしようとしてこなかっただけで、水の魔力はなんと水の温度をも操れる。

 これで分かった事だろう──実は、氷だって作れちゃいます。

 一回普通に氷を作っちゃった際、シルフ達に『絶対にそれ人前でやらないようにね』と釘を刺された。

 確かに、氷の魔力を持たない私が氷を作ったら何事かと大騒ぎになりそうだ。だからこれは封印しているのである。

 だがそれ以外のオリジナル魔法はぽんぽん使っちゃうよ。だって便利だもの!

 

「うっ、裏の奴等だ! ガキをよく誘拐して売り捌いてる奴隷商がいやがんだ!! 俺達はそいつ等に命令されてガキを何人か連れてっただけなんだ! そうだ、脅されてたんだ……ッ、命令に従わねぇと殺すって!!」


 意地悪男は必死の形相で訴えかけてくる。その口の端は醜く歪んでいて、その発言がこの男の作り話である事を物語っていた。

 奴隷商がこの国にいるなんて……フォーロイト帝国では昔から人身売買等を法で禁止している。それなのに、国の目を掻い潜って人身売買を行う奴等がまだいるとは。


「主犯格の名前は?」


 この件は後でケイリオルさんにでも伝えておこう。多分、あの人が何とかしてくれるだろうし。


「…………」


 男はぎゅっと口を真一文字に結び、露骨に視線を逸らした。その肩や足は小刻みに震えていて、様々な事へ恐怖している事が分かった。

 しかしそんな事は私には関係無い。私が追い打ちをかけるように「死にたいのであれば言わなくてもいいですよ」と言い放つと、男はあっさりと口を割った。


「デイリー・ケビソンって子爵の男だッ! おい、ちゃんと話してやったんだから助けてくれよ!!」


 男は目を大きく見開き、喉を震わせながらこちらを見上げている。

 殺しはしないけれど、犯罪者である事に変わりはないから多少は痛い目を見てもらわないとね。


「ぐぁっ?! 話が、ちがっ……!」

「死んでないのだから話通りでしょう? では私はこの辺りで、失礼」


 下手に暴れたり逃走したり出来ぬよう、私は男の太ももに深い傷をつけておいた。

 血が流れ出る足を押さえてのたうち回る男を置いて、私は人目につかぬようその場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る