第19話ある精霊の不安

 あの方の頼みで人間の女の子に剣術を教えるようになってからはや六年……俺は、漠然とした不安に襲われていた。

 その為、ある昼下がりに姫さんがマクベスタと二人で模擬試合をしている間に、姫さんの事についてシルフさんに相談しようとした。


「シルフさん、ちょっといいっすか」


 遠くから木剣を使った二人の模擬試合を眺めているシルフさんに声をかける。

 猫の姿をしたシルフさんはいつも姫さんに向けているような瞳とは正反対の、冷たい眼差しをちらりと向けて来た。


「何の用だ、エンヴィー」

「姫さんの事で色々と話があるんすけど」

「ふぅん、聞いてあげるよ」


 姫さんについて相談がある事を伝えると、シルフさんは静かに話を聞く姿勢に入った。


「分かってたんすよね、シルフさんは。その……」


 姫さんの才能・・について、どう話したものかと。そう悩むうちに、途中で言葉を詰まらせてしまった。しかしシルフさんは俺が話そうとしている事を理解したようで、


「アミィの才能の事か」


 と欠伸をしながら言った。俺はそれに頷き、続ける。


「姫さんの才能は、はっきり言って異常だ。基礎をやり込ませたからそれがより顕著になりましたけど、姫さんは異様に戦闘に特化した才能を持ってる」


 まずは剣。姫さんの驚異的な学習能力……いや、吸収力と人並外れた身体能力。その年齢からは考えつかない程、戦闘における本能スキルというものが研ぎ澄まされている。

 次は魔法。希少な氷の魔力を持つ一族に生まれながらも、何故か・・・水の魔力を持って生まれた一族の異端者。

 だが元々、その魔力量も魔法への適正も人間の中では頭一つ飛び抜けていた。だから、姫さんは幼いながらにあれ程の戦闘能力を持っているのだろう。


 何で姫さんが氷の魔力を持って生まれなかったのか、氷の精霊のフリザセアの奴に聞いたっけな。

 アイツは昔、姫さんの先祖に氷の魔力を与えたっきり他の誰にもそれを与えていない。その血縁に氷の魔力が宿るようにしたから、と言っていたが……その本人にも、姫さんに氷の魔力が発現しなかった理由は分からないらしい。

 アイツに分かる事は、現時点で氷の魔力所持者が三人いる事だけだとかなんとか。使えねー奴。


 閑話休題。そんな感じで姫さんはとても才能に溢れていて、元々魔力量が多かったのにシルフさんが勢いで加護をかけたとかで、今や魔力量は目を張るものがある。

 シルフさんによる魔法指導の甲斐もあって魔力操作は俺達精霊も舌を巻く程にまで成長した。

 ……剣を振りながら片手間に長文詠唱できるレベルにまで成長するとは思ってなかったんだがな。


「アミィには多分その自覚が無いだろうけど……アミィの才能はあまりにもあの血筋に則している。まるで、才能の代償に氷の魔力を得られなかったみたいだ」


 シルフさんが尻尾をゆらゆらと揺らしながら吐き捨てるように呟く。

 まー精霊側からすれば、氷よりも水の方が汎用性も高けりゃ強い魔力だから個人的にはそっちで正解って感じなんだが……人間ってのは血筋だの伝統だのを重視するモンだから、姫さんはそれで冷遇されてるんだとか。

 理解し難いなー。別にいいだろ、強いんだから。


「剣に魔法に弓に体術──これだけの才能に恵まれてしまうとは。姫さんの性格上、このままだと英雄街道まっしぐらっすよ」

「あの子がそうしたいなら、ボクは応援するけど」

「えー、意外ですね。てっきり『そんな事許すか!』とか言うと思ったんすけど」

「……お前はボクを何だと思ってるんだ?」

「絶対王者?」

「は?」


 目の前にいるのは猫なのにシルフさんのあの鋭い目がこちらを睨んできた錯覚に陥る。

 それに思わず肩を跳ねさせ、「すんません失言しました」と頭を下げる。


「本当にお前って変な所で気が抜けてるな……それはともかく。アミィは何で、一人であんなに頑張るんだろうか。もっとボク達を頼ってくれたらいいのに」

「姫さんが何を目指してんのかは知らねーけど、普通あんな小さい女の子が傷だらけになってまで剣を振ったりはしないっすよ。王女なんて身分なら尚更……」


 二つ歳上の、こちらも才能に満ちた男相手に善戦する姫さんを眺めながら、俺は言葉を返す。

 どこにでもいそうな普通の女の子が剣を手に汗水垂らして必死に強くなろうとする様は、はっきり言って異様だった。

 ……──だからこそ、俺みたいなのが本気になっちまうんだ。

 最初はシルフさんに、『ボクが加護をあげた人間の子が剣を習いたいって言ってるから教えてあげて』なんて脅迫紛いに命令されたから渋々こっちに来たのに……いつの間にか、本気で教えていた。俺が教えてやれる限りの事を教えようとしていた。


 姫さんが何を思い、何を目指し、何を成す為に、あそこまで努力を積み重ねるのか俺には分からねーけど、それでも何となく分かるんだ。

 きっと姫さんは、近い将来とんでもない事を成し遂げると。

 そこに剣やら魔法やらが関係してくるかは分からない。でも、きっと姫さんは持ち前の馬鹿みたいなお人好しで何かとんでもない事を成し遂げる。

 でもきっとそこまでの道には多くの障害が立ちはだかる。だから俺は姫さんに様々な戦い方を教えてきた。


 まともな戦い方は後でいい。今はとりあえず、もしもの時に姫さんが少しでも無事にその場を切り抜けられるよう、その為に必要な技術を叩き込んだ。

 フォーロイトとかいう戦闘狂みてぇな血筋なだけあって、姫さんはこと戦闘において本当に技術の吸収が早い。覚えたものをすぐに実践し我がものとする。

 かなり人間観察を行っているのか、たまにこちらの攻撃を先読みしたかのような行動に出る事もある。

 天才に努力する才能を与えたら駄目だろと何度思った事か。


「…………俺、心配なんすよ。姫さんの性格だと強くなればなる程多くを守ろうとしそうじゃないすか。それだと姫さんが危険な目に遭う確率が高くなるし、姫さんでもどうしようもない事態に直面するかもしれない。それが、心配なんすよ」


 姫さんが多くを守るんだとして、じゃあ誰が姫さんを守るんだ? 

 俺達精霊は制約で直接的にこの世界に干渉し過ぎてはならない事になっている。こうして人間界に訪れて剣や魔法を教えるぐらいは問題ないだろうが、人類の歴史に大きく干渉してしまえば……きっと、制約に抵触するだろう。

 つまり、俺達はいざという時何も出来ない。そのいざという時に備えて色々教えてはいるのだが、それでも漠然とした不安が行先を暗く覆うのだ。


「だから、アミィを守る為にマクベスタを教える事も承諾したんだろう? マクベスタも剣と魔法の才能がありそうだったしね」


 シルフさんの言葉に俺は静かに頷いた。

 見抜かれていた。俺が、いざという時に姫さんを守る存在としてマクベスタを鍛えようとしていた事が。

 姫さんと似た系統の人間だった事と、アイツに姫さんレベル──いや、それを超えるかもしれない天賦の才があると踏んだ俺は、お互いに良い刺激にもなるだろうと思いマクベスタも弟子にした。

 そして予想通り姫さんとマクベスタは互いに切磋琢磨し、目まぐるしい成長を遂げているのだ。


「やっぱバレてたんすね。いやー、お恥ずかしい」

「お前の心配や不安も分かるよ。ボクだって、アミィの事に関してはいつだって不安ばかりだ。でもどうせ、ボク達には見守る事しか出来ない。昔から……ずっとそうだったように」

「……俺達は、結局人間を見殺しにするしかないんすかね」


 ──神々によって、天界と精霊界の間で勝手に交わされた制約。

 あれがある限り、精霊おれたちはこの世界では基本的に何も出来ないのだ。

 例え、目の前で大事な人が死んでしまっても……救う事など俺達には出来ない。それが、俺達精霊だから。


「だからこそ。死にたくないと願うあの子の為に、アミィから死という運命を排除する。勿論アミィが望むなら、だけどね。その為にも、ボクは──……制約を破棄する事に決めた。もう一万年も経ったんだ、いい加減お前達も制約には辟易しているだろう?」


 脳裏をシルフさんの悪どい笑みがよぎる。

 俺は、バッとシルフさんの方を見て口角を少し上げた。


「そーゆー事なら俺も勿論協力しますよ。とりあえず、他の精霊達にも制約の破棄について色々と聞いてみます?」

「そうだな……じゃあ、今晩にでも上座会議を行うか。お前も一旦帰って来いよ、エンヴィー」

「上座会議──! っ了解です!!」


 シルフさんにそう言われ、俺は恭しく頭を垂れた。

 上座会議とは、精霊王と各属性の最上位に座する精霊達だけを集めた精霊界における最も重要な会議の事。

 これからきっと忙しくなる事だろう。何せ一万年続いた制約を破棄するのだから。これはもう、絶対に、馬車馬の如く働かされる事になる。

 姫さんがあんなに頑張ってるんだから、俺達も頑張らない訳にはいかないな。これからも姫さんとずっと一緒にいる為にも、制約を破棄してやる!

 

 ───こうして。長いようで短い、制約の破棄を目指す俺達精霊の戦いが始まったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る