第一節・奴隷商編

第17話初外出で厄介事とは。

 商品と大量のお釣りを受け取り、全て鞄の中に突っ込むと当然だがかなりの重量となった。

 そもそも猫シルフが入っていたから重くはあったんだけど……本当に重い。なんだこれ。肩がちぎれそう。

 この気分を変えようとせっかくの初外出を楽しむ事にした私は、鞄の中のシルフにこっそり尋ねる。


「ねぇシルフ、このまま少しだけ街を見て行かない? 次いつ来られるかも分からないし、今のうちに楽しんでおきたいの」

「アミィがそうしたいのなら、ボクはそれに従うよ」


 鞄から飛び出して軽やかに地面に着地した猫シルフが、今度は私の体を慣れた動きで登っては肩の上に乗る。

 今日は肩への負担が凄い日なのね、と思いつつ私はクレアさんのメモ書きを見ながら歩き出す。


「それで、アミィはどこに行きたいの?」


 猫シルフが少し口を開いて問うてくる。

 これもまた目立つかと思われそうだが、なんと猫シルフの言葉は普通の人には聞こえないらしい。

 シルフが聞こえるようにしてやろうと許可した相手にだけ、シルフの言葉は聞こえるそうだ。

 だから、このように街中で堂々と喋っていても普通の人には「にゃー、にゃにゃー」とかにしか聞こえない為、好きに喋っても問題無いのだとか。


「えっとね、まずはこの果実水ジュースの露店に行きたいかな。その後はこっちの食事処でその後はこのお店──……」


 クレアさんのオススメ店一覧を指さしながら、私は小声で話す。気になる所をいくつか挙げたのだがそれにシルフは、


「全部食べ物だね」


 と軽く笑いながら返してきた。食い意地の張った女と思われたかもしれない、まぁいいか。


 何せこの世界は日本の乙女ゲームブランドが作り上げたもの。

 食事の水準は中世西洋モチーフの世界観の割にかなり高く、フォーロイト帝国やハミルディーヒ王国程の大国の貴族ともなると、当たり前のように日本レベルの食事が日々食卓に並んでいる。


 ちなみに我がフォーロイト帝国の名物は、氷を細かく砕いたものに果汁をかけて食べるいわゆるかき氷だ。

 我がフォーロイト帝国は別名氷の国とも呼ばれる程、氷に縁のある国なのだ。

 氷の国らしく皇族には代々氷属性の魔力が発現するのだが……なんと私には氷の魔力は無い。私にあるのは水の魔力だけ。

 だから皇帝に嫌われてるんじゃないかなと私は予測している。

 まあ、皇帝がアミレスを嫌う理由なんて、ゲームでは明かされなかったから真実は分からないけどね。


 フォーロイト帝国の皇族特有の魔力と言われるだけあって、なんと氷の魔力は我が一族以外では発現しないらしい。

 似たものとして雪の魔力だとか水の魔力はあるが、『氷』の魔力は本当にフォーロイト一族特有の魔力なんだそうだ。

 だからこそ、我が一族は氷の血筋フォーロイトだなんて呼ばれていたりもする。

 実は本当に凄い血筋なのだ、フォーロイトは。

 だからこそ何故か氷の魔力を持っていないアミレスが冷遇されるのも、やむ無しというか。

 でもさ、別に氷の魔力が無かろうと愛してあげる事は出来たでしょ? 


「どうしたの、アミィ。そんなに頬を膨らませて」

「え、そんなに分かりやすかった……?」


 皇帝への不満が形となって現れていたらしい。私の頬はいつの間にかぷくりと風船をつくっていたのだ。

 頬に意識を向けていると、猫シルフがこくりと頷いて、つぶらな瞳をこちらに向けて来た。


「うん。何か嫌な事でもあったの?」

「父親の理不尽さを思い出して、ちょっとね」


 耳打ちするかのようにして伝えると、シルフが「ははっ」と楽しそうな声をあげ、


「それは確かに嫌にもなるね!」


 爽やかな声で同意していた。

 その後、「あー、紅茶が美味しいなあ」と清々しい声を零していた。

 そういえばシルフってよく紅茶がどうこうって話をするけれど、猫って紅茶飲んでも大丈夫なのかしら……いやでも精霊さんだから普通の猫じゃないし大丈夫なのか?

 軽快な笑い声を飛び出させる左肩の猫を横目に見つめると、ふとした感想が口をついて出た。


「シルフって本当にあの人の事が嫌いだよね」


 ハッと息を呑んだ頃にはもうとっくにその言葉は外に出てしまっている。

 不幸中の幸いは、皇帝と言わずにあの人と言った事だ。

 この国で唯一にして絶対なる皇帝を侮辱するような事をこんな場で言ってみなさいよ、処刑リアルタイムアタック余裕で優勝できるわよ。

 落ち着く為に深呼吸をしていると、シルフがこれまた爽やかな声で答えた。


「そりゃあ勿論大嫌いだとも! アミィの実の父でも無ければもうとっくに何かと理由をつけて殺し──……不幸にしていたよ」

「え、殺……?」

「いやぁ。本当に嫌いなんだよね、あの男〜!」


 今一瞬物騒な言葉が聞こえた気がするのだが、シルフが強引に誤魔化すから追及出来なかった。


 その後気を取り直して意気揚々と果実水の露店に向かう。

 私は、笑顔が明るい店員のお兄さんが顔を赤くしてまで自信満々にオススメする柑橘系のものを購入した。

 近くの木陰でのんびり果実水を味わう。

 鼻を突き抜けるような柑橘系の香りと、喉に染みる爽快な水。あの店員さん、中々のセンスだわ。これ凄く美味しい。


「ん〜〜っ、美味しい! あ、シルフも飲んでみる? 美味しいよ」


 猫シルフの口元に果実水ジュースの入ったカップを近づける。


「いいの? じゃあ貰──っ!? おまっ、ちょっと何勝手にッ」


 果実水ジュースに向けて舌を伸ばした猫シルフだったが、途中で謎の怒号を上げてその動きがぴたりと静止する。

 それと同時に、どこからともなくガタガタッと大きな物音も聞こえてきた。


「シルフ? おーい、シルフー?」


 突然の事に理解が追いつかず、唖然としながら何度も呼びかけるが返事は無い。

 六年経ってもシルフの事はよく分からないのよね。

 でもシルフってあまり自分の事を話したがらないから、あんまりシルフの事は知らないんだよね。


「はぁ……」


 わざとらしくため息をついて感傷に浸る。

 だけど、私だって自分が転生者だとかそういう話は誰にもしていない。

 それなのに私ばっかり被害者面で文句を言うのはどうかと思う。

 だからこの気持ちは心の中にしまっておこう。きっと、私と同じようにシルフにも何かを話せない理由があるんだろうから。


 気持ちを切り替えようと果実水ジュースを喉に流し込む。

 微動だにしないシルフを眺めていると、いつの間にか数人の男に囲まれていた。そして、その中のリーダー格らしき男が意地の悪い顔で声をかけてきた。


「お嬢ちゃん一人? そんな水よりももっと美味しい物があるんだけどさ、俺達と一緒に遊ばない?」


 意地の悪い顔の男が臭い顔を近づけながらそんな事を言い出した。それに同調するように、周りの男達も下卑た笑いを浮かべている。

 ……これはもしや、もしかしなくても、ナンパか?

 こんな奴等がアミレスをナンパ? 身の程を弁えろ。一回鏡で自分の顔見てこい。


「一人ですけど、それが何か? 私が一人で何をしようがあんた達には一切関係の無い事でしょう」


 とりあえず笑顔を作り、それを向けてみる。

 私の態度に男達は少し動揺した様子を見せた。

 先程の意地の悪い顔の男略して意地悪男は少し背を曲げて、まるで上から押し潰すかのように汚い笑顔で威圧してくる。


「はは、関係あるさ。これから君は俺達と一緒に楽しい事をして遊ぶんだから。美味しいものも飲ませてあげよう、君ぐらいの子供なら金が欲しいか? お小遣いだってあげるとも」


 男の汚らしい目が私の顔に注がれる。大きめのローブのおかげで私の体はほとんど隠れているのだが……それすらも想像してこの男共は満足気にしている。

 あぁ、そうか。やっぱりこの男達はアミレスを狙っているんだな……この気色悪い舐め回すような視線から察するに、慰み者にするつもりなのだろう。


 煮え滾るような怒りが沸いてくる。アミレスがこんな下衆共の妄想でいいように弄ばれているなんて。

 許せないそれに、この男達の慣れた感じからしてこいつらは常習犯だ。きっとこれまでにも何度も同じような事を繰り返している。

 許せない──絶対に、許しちゃいけない。


「じゃあ……あんた達の命が欲しいんですけど、くれます?」


 勢いよく剣を抜き、そのまま意地悪男の喉元に剣先を突き立てる。

 すると男達は一歩後退り、点となった目をこちらに向けて来ていた。

 驚くのはまだまだよ、この六年の集大成を見せ──、いや。実験させてもらおうか。

 私の実力が、どれ程人間に通用するのかを!

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