第16話十二歳になりました。3

 猫シルフ巨大化事件の五日後。

 私は、なんと言いつけを破ってお忍びで街に出掛けていた。

 理由としては、もうすぐマクベスタの誕生日だからだ。

 頼まれてもいなければ彼自身からその話を聞いた訳でもない私が突然プレゼントを渡した所で、きっと彼は戸惑うだけだろう。

 しかし私は祝いたいのだ。せっかく出来た初めての人間の友達……そんな存在だからこそ、絶対に祝ってあげたい。

 

 そして私はいつもの特訓用の服によくあるローブを羽織り、髪の色を桃色へとシルフに変えてもらって、こっそりと城を抜け出す事に成功しました。

 何せこの辺りの国々では銀髪はかなり珍しい。

 その為、銀髪にこの寒色の瞳なんて事実上の顔面フリーパス。有名過ぎて一瞬で野蛮王女とバレてしまうのである。


 中世西洋風の建築で溢れた街。大勢の人でごった返し、賑わいと活力で満たされている。

 城門まで一直線に続く一番大きな通りに出れば、当たり前のように馬車が行き交い、右を見ても左を見ても色んなお店があった。

 これらはまさに中世西洋モチーフの乙女ゲームらしき世界観。実に素晴らしいじゃないか!


「すごい──これが帝都……!」


 まるでお上りさんのように視線を縦横無尽に走らせ瞳を輝かせる。

 すると近くにいたご婦人が一瞬目を丸くして、すぐさまそれは気の所為だったと言わんばかりに上品な微笑みを作り声を掛けてきた。


「あらあら。お嬢さん、帝都は初めてなのかい?」

「はい、恥ずかしながら今日が初めてで」


 実は私、この六年間一度も王城の敷地内から出ていないのだ。

 そもそもフォーロイト帝国の王城は、城を中心としてその周りに円形に大きく城壁がそびえ立つ。

 その城壁より内側を王城の敷地内と私は定義している。

 城の正面を城門側とすると城門から見て右側には使用人宿舎と騎士団隊舎と訓練場があり、城門から見て左側には地下監獄へと続く幽閉塔と様々な城勤めの者達の職場がある。

 そして最後に、城の裏手には私達皇族の住まいでもある三つの皇宮と、今は使われておらず封鎖されている雪花宮せっかきゅうという建物がいくつもあるエリアがある。


 私はいつも皇宮のうちの一つである東宮と、特訓の為に東宮近くの誰も来ないような辺鄙な場所を行き来するだけの日々だったので、六年間一度も王城の敷地外に出てないのだ。

 もし欲しい物があればハイラさんに頼めば良いし、そもそも皇帝に東宮から出るなって言われている。

 だから今までずっと大人しくしていたのだが……今回は事情が事情なのでこっそり脱出してきたのだ。


「お嬢さんみたいな綺麗な子が一人で歩いてちゃ危ないわよぉ〜、絶対に人が少ない所に行っちゃ駄目よ? そうだわ、これ持って行きなさいな」


 どこか切なげな、それでいて愛おしむような瞳のご婦人がそう言って手渡して来たのは、スーパーボールのような謎の球だった。


「それはどこかに思い切り叩きつけたら発動する刺激的な煙幕だよ。変な男に絡まれたりしたら直ぐに投げなさいな」

「え、煙幕ですか……」

「貴女みたいな可愛いくて綺麗なお嬢さんなんて、すぐ悪い男の餌食になっちゃうわよ。だからほら、遠慮せず」


 その穏やかな笑顔や風貌からは想像も出来ない程ぐいぐい来るご婦人に押され、私は煙幕玉を七つ程頂いてしまった。

 ついでに、このご婦人──クレアさんはどうにもこの街の事情に随分通じているらしく、私がオセロマイト産の品物を探していると話すとオススメのお店を教えて貰えた。

 そこまでの地図も頂戴してしまい、ついでにと他にも色々とオススメのお店を教えて貰った。

 

 クレアさんから頂いた地図と煙幕玉を手に別れを告げ、私は地図に従って進んでいく。一応猫シルフも一緒にいるし愛剣も佩刀しているから、もし何かあっても多分何とかなるはず。

 それでも念の為にとクレアさんのアドバイスに従い危険な香りのする道は避けて行く。ところで色んな人……特に男性にチラチラ視線を送られているのだが、もしかしてバレた? 髪の色変えたのに?


「ちっ……アミィ、早く行こう。お店までもう少しでしょう」

「え? あぁうん。分かった」


 シルフに突然そうやって急かされ、私は早足で地図の通りに進む。

 沢山人がいて、陽の光もよく射し込む明るい道だった。危険な事なんて何も無さそうな、そんな道。

 その通りの途中で、私は目的の店を発見した。


 とある大商会が運営する、オセロマイトに限らずフォーロイト帝国の友好国諸国の品々を取り扱うお店で、フォーロイト帝国から出た事の無い人達にとても人気なお店らしい。

 そのお店は外から見ても店内は大賑わいで、店員さんも店内をぐるぐる動き回っていて、今お店に入っても大丈夫なのかと心配になった。

 これ以上忙しくしてしまっていいのだろうか、と。

 そうやって逡巡しながらお店の前をウロウロしていると、女性の店員さんが突然出てきて、


「お嬢さん、当店にご用事でしたらどうぞお入りください!」


 明るく声をかけてきた。

 そして私が答えるよりも前に店員さんによって店内に連れ込まれてしまう。

 店内は外から見えていた通り人でいっぱいで、色とりどりの様々な商品が陳列されている。それを物珍しそうに瞳を輝かせて手に取るお客さんと、商品の説明をする店員さん。


「すみません、強引にお連れしてしまって。でもお嬢さんみたいな綺麗な女の子が一人で外にいるのは危ないと思いまして……」


 店内をキョロキョロと見渡していた私に向けて、先程の女性店員さんが頭を下げてきた。

 なんだろう、今日はそういう日なのかしら。アミレスの容姿がいっぱい褒められる日?


「私、オセロマイト産の物を見たいのですけれど……案内をお願いしてもいいですか?」


 人がごった返す店内で右も左も分からない私がオセロマイト産の物がある区画を見つけられる訳がない。

 ならばもう店員さんに聞くしかない。丁度、声をかけてくれた店員さんが隣にいるのだから。


「オセロマイト産の物ですね、それでしたらあちらになります。ご案内致します」


 店員さんはニコリと営業スマイルを作り、人の波を綺麗に掻き分けて進む。私はただその後ろについていただけで、何一つ苦労する事無くオセロマイト産の区画に辿り着いてしまった。


「この辺りは日用品や装飾、あちらが衣類等です」


 店員さんの説明通りこの区画には確かにオセロマイト産の物しかなく、その大まかな使用用途等によって分けて商品を陳列しているらしい。

 それらの商品を見て、私は頭を悩ませる事となる…………どれも魅力的なのだが、これは私の物ではなくマクベスタへの誕生日プレゼント。

 つまり──何を贈ればいいのか、全く分からない!

 顎に手を当ててうーんと唸っていると、店員さんが生暖かい瞳で尋ねてきた。


「贈り物ですか?」

「えっ?! あ、はい……その、友人の誕生日プレゼントを用意しようと、思いまして……」


 突然ズバリ言い当てられてしまい、私は少しどもってしまった。


「お相手は男性ですか?」

「は、はい」


 私が恥ずかしがりながら答えると、店員さんは満面の笑みで「でしたらこちらの商品が──」と色々オススメを教えてくれた。

 相手がオセロマイトの人だからオセロマイトの物を贈りたくて、と事情を話したら店員さんは瞳を爛々と輝かせて更に熱く商品の解説を行ってくれた。

 あまりにも熱意が籠ったプレゼンの数々に、私は途中から完全に気圧されていた。


 そして肩から提げていた鞄に入っている猫シルフが段々飽きてきたようで、一定の間隔でびしびし脇腹を小突いてくる。

 しかしその間も店員さんの熱烈なプレゼンは続き、入店してから三十分程が経ってようやく私は誕生日プレゼントを決める事が出来た。


 選んだ物は、普段使いしやすそうなハンカチとティーカップと茶葉。

 ハンカチは四隅にオセロマイト特有の刺繍があしらわれており、ティーカップはオセロマイトらしい模様で彩られた物。茶葉もまた彼が慣れ親しんでいるであろうオセロマイトの特産品。

 実にオセロマイトに染まりきったプレゼントだ。

 それを店員さんが随分と丁寧に包装してくれて、とても可愛らしい見た目となった。

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