第一章・救国の王女

第14話十二歳になりました。

 晴天の下、剣が風を斬る音が聞こえてくる。失敗に対して厳しい叱責が聞こえてくる。


 よく晴れた、なんて事ない昼下がりだ。

 体の中を魔力が巡るのを感じる。手のひらに魔力を集め、それを魔法という形で具現化する。私の手には水で出来た弓が握られ、限界まで矢が引かれていた。


「穿て! 水圧砲ウォーターアロウ!!」


 前方の巨大な岩目掛けて矢が放たれる。それは異常なまでの水圧と加速をもって岩を穿つ。

 この六年で学び応用をきかせた魔法、それが水圧砲ウォーターアロウだ。

 汗をよく吸う白いシャツにズボン姿。邪魔になるからとまとめられた銀色のポニーテール。おおよそ一国の王女らしくはない装いで、私は更に「よしっ」とガッツポーズをする。


「この岩も貫けるとなると、普通の家屋や騎士の鎧ぐらいなら多分撃ち抜けるんじゃないかなぁ。流石はボクの教え子だ」

「ふふっ、シルフ先生の教え方が凄く上手だからだよ」


 猫シルフがぺしぺしと私が壊した岩を触り、消滅させながら声を弾ませる。魔法の特訓が座学から実技に移った頃合から、シルフはいつもああやって簡単な的や敵を作って実践形式で教鞭を執ってくれている。

 それが六年も続けば……私とて多少は成長した事だろう。


 ……──アミレスになった時から、はや六年が経過した。

 私も今や十二歳となり、剣に魔法に勉学に作法にと多方面でそこそこ優秀な成績を収めている。

 六年間私はシルフから魔法を学び、シルフが連れて来てくれた火の精霊のエンヴィーさんに剣と体術を習い、ハイラさんから礼儀作法に勉学を教わった。

 そうやって、とにかく努力ばかりの日々を重ねた私は……十二歳の少女にしては背が高く、手足もしっかりとしてきた。ただ、筋肉が全然つかないのだけど。


「……──本当にお前の魔法は凄いな。オレはまだそこまで正確に操れないから、心より尊敬する」


 この六年のうちに、なんと新たな友達も出来た。

 アップバンクの金髪に翠色の瞳のイケメンが、剣を鞘に収めながら褒めて来る。

 彼は私より二つ歳上のマクベスタ・オセロマイト。

 フォーロイト帝国の隣国でもあるオセロマイト王国の第二王子で、現在親善の為にこちらに滞在中の──二作目の攻略対象だ。


 正直、最初は特に関わるつもりも無かったのだけれど……一年前に彼が誰もいない所で一人で素振りしているのを見て、つい、一緒にどう? と誘ってしまったのだ。

 元々フリードルと剣の稽古をするつもりだったらしいのだが、フリードルが『しばらくの間稽古はしない予定だ』とか冷たい事を言って、うちの皇太子は友好国の王子を放置していたのだ。


 フリードルが自分から放ったらかしにしたんだから、じゃあ私が貰ってもいいよね! という事で誘い、現在に至ると。

 シルフやエンヴィーさんに頼み込み、ついでだからとマクベスタの事も師事してもらったりもして、それから私達が仲良くなるのに時間はかからなかった。


 マクベスタはゲームにてフリードルにも引けを取らない剣術で活躍する。そこにもし、魔法という要素が加われば……きっとフリードルよりも強くなる事だろう。

 もしもの時、昔一緒に特訓したよしみで手を貸してくれたらいいなっ、ぐらいの気持ちでエンヴィーさん達による指導を受ける事を彼にお勧めしたのだ。

 うーん、我ながら下心しかないな。


「大丈夫よ、貴方は剣も魔法も一流の剣士になれるわ。私が保証する」


 ゲームでの貴方はずっと一人で努力をして、その末に一流の剣士になっていたんだもの。師匠を得た今のマクベスタならきっとゲーム以上の剣士になる筈だ。

 私はマクベスタと話す時、頻繁にこの言葉を口にしている。その為マクベスタとて流石に聞き飽きたのか、


「ありがとう、その期待に応えられるよう努めよう」


 これと似たような返事ばかりするのだ。

 すると、エンヴィーさんがマクベスタの顔にタオルを投げつけ、


「それならお前は魔法の特訓を増やすべきだぜ、マクベスタ。剣の腕前なら既にいい線行ってんだ、若い内に魔法に慣れといた方が後が楽だと思うぞ?」


 汗を拭うマクベスタに向けて助言する。

 エンヴィーさんの言う通り、マクベスタは既に十四歳とは思えない程の剣の実力を持つ。

 そして魔法に関してだが、魔法は魔力があれば誰でも使える。しかし、魔法を武器に戦うのなら幼い頃から魔法を使い、慣れておいた方がいいのだとか。

 魔力が一気に無くなる感覚に慣れる必要があるし、魔力の精密な操作は感受性の高い子供の方が得意とまで言われている。その為この世界では、魔法を扱う職につきたい者は幼い頃から魔法に慣れておく必要があるとされているのだ。


 私はそもそもが魔導師志望なので、勿論六歳の頃から魔法に触れて来たが……マクベスタの魔力が亜種属性の中でも規模が大きい魔法である事と、彼自身が剣を振る事が好きだったという事が重なり、あまり魔法を扱って来なかったのだとか。

 まぁ、確かに魔法に満ちた世界だとは言えども魔法をあまり使わない人は一定数いる。

 魔力量が少なかったり、普段使いの難しい魔法だったり、その理由は様々だ。


「そうよ、マクベスタ。雷属性なんて亜種属性の中でもかなり珍しい魔力じゃない! 剣を帯電させて戦ったりしたら、その剣に何かが触れた瞬間敵は一気に感電してしまいには…………もう最強じゃないかしら? 私が雷属性だったら絶対やってたわ」


 興奮気味にまくし立てる私にマクベスタは眉尻を下げて、


「お前は本当に魔法が好きだな。雷なんてもの、普通の淑女なら怯えて当然なのに……お前だけだ。嬉々として雷を落とせだの剣に纏わせろだの言い出すのは」


 何処か楽しそうに微笑んだ。


「きゃーっ、怖いー! って言った方がいいなら言うけれど。淑女の悲鳴、欲しい?」

「要らん。それにお前がそんな風に叫んでいる様子は想像がつかない」


 マクベスタは顔の前で手を左右に振り、私の悲鳴を受け取り拒否した。更に何ともまぁ失礼な事を言ってきたものだ。


「まぁ確かに、私は女の子らしさとはかけ離れているものね。普通の女の子は手にマメを作る事もないでしょうし……」


 自分の手のひらを見つめながら呟く。幾つかマメが出来ていて、少し固くなっている。いつも外で特訓していた影響で肌も少し焼けている。

 毎日欠かさず筋トレと素振りをしているからか、私の腕は普通の令嬢に比べてしっかりしていると思う。

 肌が焼けていると言っても、当社比だから世間一般的にはまだまだ全然色白の部類だ。これはハイラさんが毎日丁寧に肌のケアをしてくれているからだろう。


 それでもやはり深窓の令嬢とかと比べると粗野な感じに見えてしまうらしく、社交界にて今や私は『野蛮王女』と呼ばれているらしいのだ。


「ボクはそんなアミィが好きだよ」


 私を慰めようと、猫シルフが肩に飛び乗って来ては肉球で頬を撫でてくれる。

 ありがとうと言いながら猫シルフの頭を撫でているとエンヴィーさんが、


「姫さんのそーゆーところ、俺等みたいな戦う事しか考えてねぇ奴からすりゃ超魅力的なんすから、自分の魅力をもうちょっと自覚した方がいいっすよ?」


 歯を見せて笑い、頭をぐしゃぐしゃと掻き乱してきた。既に特訓の影響で髪は散々乱れていたのだが、それが更に酷くなった。


「ほら、マクベスタも何か言え」

「えっ…………まぁ、何だ、お前が自分らしいと思える生き方を出来るのなら、それでいいとオレは思う。周りの声なんて気にしなくていいさ」


 エンヴィーさんに突然話を振られたマクベスタは、ぎこちない笑みで伝えてくれた。

 マクベスタはそもそも人付き合いが苦手だと言っていた。それでも何とか、話の流れを乱さぬように言葉を捻り出してくれたんだろう。


「そうね。ありがとう、マクベスタ」


 笑ってお礼を告げると、マクベスタは耳を赤くして照れ臭そうにそっぽを向いてしまった。

 そんなマクベスタに、エンヴィーさんはニヤリと笑いながら、


「なぁに照れてんだァ青少年。若いねぇ、いいねぇこういうの。俺の知り合いが見たら飛び跳ねて喜びそうだ」


 彼の肩に腕を回して絡み始めた。

 マクベスタはエンヴィーさんを離れさせようとするが、相手は精霊さんなのでビクともせず。

 その後もしばらくエンヴィーさんに絡まれ続けたマクベスタは、心無しか少しぐったりとしていた。

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